2025年11月、消費者庁が電動アシスト自転車のバッテリーに関する重大な警告を発表しました。この警告は、過去に発表されたリコールの単なる再通知ではなく、2025年になってもなお発生し続けている火災事故に対する緊急の危機通告です。日常の移動手段として多くの家庭で親しまれている電動アシスト自転車ですが、その心臓部であるリチウムイオンバッテリーが、充電中や駐輪中、さらには走行中に突然発火するという深刻な事故が相次いでいます。特に注目すべきは、2022年4月に発表された大規模リコールの回収率が2025年10月31日時点でわずか68.5パーセントにとどまっているという事実です。これは、約9万6千個もの潜在的に危険なバッテリーが、いまだに回収されることなく日本全国の家庭や駐輪場で使用され続けていることを意味します。消費者庁は、ヤマハ発動機やブリヂストンサイクルが販売したバッテリーについて繰り返し注意喚起を行っており、対象製品を所有する消費者に対して直ちに使用を中止し、無償交換の手続きを行うよう強く求めています。

ヤマハ・ブリヂストンリコールの深刻な実態
2025年11月5日、消費者庁は「消費生活用製品の重大製品事故」に関するニュースリリースを公表し、ヤマハ発動機が販売した電動アシスト自転車用バッテリーを名指しで警告しました。この警告の直接的な引き金となったのは、新たに報告された火災事故です。事故は駐輪場で発生し、ヤマハ発動機が販売した電動アシスト自転車およびその周辺が焼損する火災となりました。事故原因は現在調査中とされていますが、電池パックの不具合により発火に至ったものと考えられています。
この事故が示す意味は極めて重大です。2022年4月に大規模リコールが発表されてから3年半近くが経過した2025年においても、リコール対象のバッテリーが何の前触れもなく、駐輪場で火災を起こす能力を保持していることの動かぬ証拠となっています。このリコールは決して過去の問題ではなく、現在進行形の脅威であることを明確に示しています。
消費者庁が公表した最も衝撃的な数字は、回収率が68.5パーセントという現実です。このリコールの対象製品の総数は、ヤマハ発動機および同社が供給したブリヂストンサイクル向けを合わせて305,660個に上ります。回収率が68.5パーセントであるということは、未回収率が31.5パーセントであることを意味し、具体的な個数に換算すると約9万6千個以上の危険なバッテリーが回収されていないことになります。つまり、2025年11月の時点においても、実に9万6千個以上の潜在的な発火装置が、回収されることも消費者に危険性が認識されることもなく、日本中の家庭や駐輪場に存在し、日常的に使用され、充電され続けているのです。
リコール製品の回収率が100パーセントに達することの難しさは理解できますが、3年半が経過してもなお対象の3割以上、数にして約10万個が未回収であるという事実は、このリコールキャンペーンが停滞あるいは実質的に失敗に近い状況にあることを示唆しています。
リコールの発端と経緯
この大規模リコールの発端は、2022年4月5日にヤマハ発動機が発表した無償交換の社告です。同社はブリヂストンサイクルおよび丸石サイクルへも同種のバッテリーを供給しており、各社からも同様の発表がなされました。対象となったのは、2016年8月から2018年12月までに製造された電動アシスト自転車用バッテリーです。リコールの原因はバッテリー内部の劣化により、充電中や使用中にバッテリー内部から発火する可能性があることとされています。
このリコールは、決して軽微な不具合に対する予防的な措置ではありませんでした。2022年のリコール発表当初の時点で、すでに発火が24件、煙が出た事象が2件報告されており、4人が火傷などの怪我を負っていたことが明らかになっています。2025年に新たに報告された火災事故は、この深刻な被害が未だに継続していることを裏付けています。メーカー各社は対象製品に該当した場合、充電をせずに使用をやめて交換手続きをするよう強く呼びかけていますが、この呼びかけが約10万人の対象者に届いていないという現実こそが、2025年最大の消費者安全問題の一つであると言えます。
対象製品の確認方法
消費者庁が警告するリコール対象バッテリーに該当した場合、直ちに充電および使用を中止し、メーカーの交換窓口に連絡して無償交換の手続きを行う必要があります。しかし、多くの消費者がこの確認作業を完了していない背景には、その確認方法の複雑さが一因として存在すると推察されます。本リコールの確認作業は、大きく分けて2021年発表分と2022年発表分という2つの異なるリコールが混在しており、それぞれ確認方法が異なるため、非常に混乱を招きやすくなっています。
まず、自転車からバッテリーを取り外し、バッテリー本体の側面または背面に貼り付けられているラベルを確認してください。そこにはバッテリー型番と製造ロットが記載されており、この2つの情報が対象製品を特定する鍵となります。
2021年1月に発表されたリコールの対象となるX83型については、比較的確認が容易です。バッテリー本体に記載されているバッテリー型番が該当した場合、その製造ロットに関わらずすべて無償交換の対象となります。ヤマハ発動機の対象型番はX83-00、X83-01、X83-02、X83-20、X83-21、X83-22です。ブリヂストンサイクルの対象型番はX83-10、X83-11、X83-12、X83-30、X83-31、X83-32となっています。丸石サイクルの対象型番はX83-40、X83-41、X83-50、X83-51、X83-60、X83-61です。これらの型番のいずれかに該当した場合、その時点でリコール対象品と確定しますので、直ちに使用を中止して各メーカーの交換窓口に連絡してください。
一方、2022年4月に発表されたリコールの対象となるX0T型およびX0U型については、確認作業がより複雑になります。このグループが約10万個が未回収となっている可能性のある危険性が高いグループです。このグループの確認作業では、バッテリー型番と製造ロットの両方がリコール対象として指定されたリストに一致する必要があります。
ヤマハ発動機の対象型番はX0T-00、X0T-20、X0U-00、X0U-20です。ブリヂストンサイクルの対象型番はX0T-10、X0T-30、X0U-30となっています。ブリヂストンサイクルの一部車種では形式名称としてC301型やC400型と呼称されていますが、バッテリー本体に記載の型番は上記のX0TまたはX0Uとなります。
上記の型番に該当したとしても、それだけでは対象品とは確定しません。次にバッテリーに記載されている製造ロットの記号を確認する必要があります。各メーカーはそれぞれのリコール専用ウェブサイト上で対象となる製造ロットの詳細な一覧を公開しています。バッテリー型番がX0T系やX0U系に一致しても、対象の製造ロット一覧に記載されていないバッテリーは無償交換の対象外となります。この型番とロットの二段階確認の必要性が、消費者による自己診断を困難にし、確認作業の途中で自分は対象外かもしれないと誤解する一因となっている可能性が考えられます。
パナソニック製バッテリーの問題
2025年の電動アシスト自転車バッテリー問題は、ヤマハ・ブリヂストン陣営だけのものではありません。パナソニック サイクルテックにおいても、深刻な火災事故とそれに伴うリコール問題が確認されています。
2025年9月29日、神奈川県においてパナソニック サイクルテック製の電動アシスト自転車の火災事故が発生しました。事故報告によると、異音がしたため確認すると、当該製品を焼損し周辺を汚損する火災が発生していたとされています。この事故報告で注目すべきは、2020年4月21日に社告があったという情報が付記されている点です。これは2025年9月に発生した火災が、5年以上前に発表されたパナソニックのリコールに関連していることを強く示唆しています。
ヤマハ・ブリヂストンの問題がリコール発表後の低回収率にあるとすれば、パナソニックの問題はリコールそのものが断片化・重層化していることによる消費者の根本的な混乱にあると言えます。2025年の火災が2020年のリコールにリンクしている一方で、パナソニックは2024年にも大規模なリコールを別途発表しています。これらは互いに独立したリコールであり、消費者は自分がどのリコールの対象なのかを把握することが極めて困難な状況に置かれています。
2020年4月21日に発表されたリコールの対象は、主にバッテリー品番NKY490B02とNKY491B02で、ロット記号の先頭がTのものが対象となっており、対象個数は合計で約4万3千個に上ります。2025年9月の火災は、この2020年のリコール対象バッテリーが回収・交換されることなく5年以上にわたって使用され続けた結果、ついに発火したというシナリオが最も濃厚に推察されます。
さらに事態を複雑にしているのが、パナソニックが2024年4月23日に発表したまったく別のリコールです。このリコールの対象は2015年1月から2017年7月に製造されたバッテリーで、対象品番は非常に多岐にわたります。NKY449B02、NKY450B02、NKY451B02、NKY452B02、NKY454B02、NKY486B02、NKY487B02、NKY488B02、NKY490B02、NKY491B02、NKY493B02、NKY494B02、NKY495B02、NKY496B02、NKY497B02、NKY498B02、NKY510B02、NKY511B02、NKY512B02、NKY513B02、NKY514B02、NKY528B02、NKY529B02などが含まれています。
ここで注目すべきは、2020年のリコール対象であったNKY490B02やNKY491B02が、2024年のリコール対象にも異なるロット記号で再び含まれている点です。パナソニック自身もこの混乱を認識しており、2024年のリコール発表において消費者に対して次のような呼びかけを行っています。2015年7月27日、2016年9月26日、および2020年4月21日に発表されたリコール社告で対象外と確認した消費者も、今回のリコール対象かどうか再度確認するようお願いしています。
パナソニック製電動アシスト自転車のユーザーにとって、過去に一度リコールを確認したから大丈夫という認識が最も危険です。2020年のリコールと2024年のリコールは別物であり、両方あるいはそれ以前のものも含むすべてを確認し直す必要があります。2025年9月の火災は、この複雑な重層的リコールの網から漏れ、5年以上にわたって危険性が認識されなかったバッテリーが引き起こした悲劇である可能性が極めて高いのです。
バッテリー発火のメカニズム
ヤマハとパナソニックのリコール問題は、いずれも製造上の不具合に起因するものですが、電動アシスト自転車のバッテリー火災のリスクはリコール対象品だけに留まりません。リチウムイオン電池という技術が本質的に持つ脆弱性と、消費者の誤った使用方法、そして安価な非純正品の使用がリスクをさらに増大させます。
バッテリー発火の主要因の一つが内部短絡です。これがヤマハやパナソニックのリコールの根本的な原因となっています。バッテリー内部は正極と負極がセパレーターという薄い膜だけで隔てられています。製造時の異物混入あるいは長年の使用による劣化でこのセパレーターが破損すると、正極と負極が接触して制御不能な発熱である熱暴走を引き起こし、発火に至ります。
外部短絡も重要な発火要因です。これは主に消費者の使用環境に起因し、バッテリーの端子部分が水没や雨濡れ、あるいはカバンの中の鍵やコインなどの金属片と接触することで発生します。端子間で電気がショートし、発火に至ります。
一般に過充電の危険性が知られていますが、実は過放電、つまりバッテリーをゼロのまま長期間放置することも同様に、あるいはそれ以上に危険です。リチウムイオン電池を過放電の状態で長期間放置すると、負極集電体に使用されている銅が電解液中に溶け出します。そして次に充電しようとした際、その溶け出した銅がデンドライトと呼ばれる針状の鋭い結晶として析出します。このデンドライトが物理的にセパレーターを突き破り、結果として内部短絡を引き起こして発火に至るのです。つまり、物置や駐輪場でバッテリーを空のまま放置する行為は、それ自体がバッテリー内部で発火の原因となるデンドライトを育てていることと同義なのです。
バッテリーの落下や強い衝撃、事故による変形といった物理的損傷も、内部のセパレーターを物理的に破壊し内部短絡を引き起こします。また、リチウムイオン電池は熱に非常に弱く、真夏の直射日光下の車内や冬の暖房器具の近くに放置する外部加熱は、内部の化学反応を不安定化させて発火の原因となります。
非純正バッテリーと充電器の危険性
リコール問題と並ぶもう一つの時限爆弾が、インターネット通販などで安価に販売されている非純正バッテリーです。消費者庁はこれらの非純正バッテリーに対して低価格・高リスクであると非常に強い言葉で警告しています。非純正バッテリーが原因で建物が全焼に至った火災事故も報告されており、その危険性はリコール品と同等かそれ以上です。
非純正バッテリーが本質的に抱えるリスクは主に3つあります。まず設計の問題として安全保護装置の欠如があります。純正バッテリーは異常な発熱、過充電、過放電を検知した際に電力供給を強制的に遮断する安全保護装置を搭載していますが、非純正品はコスト削減のためにこの保護装置が作動しない、あるいはそもそも搭載されていない場合があります。次に品質管理の問題として、通常の使用であっても内部のセパレーターが均一でなかったり、製造管理が不十分で異物が混入していたりするリスクが純正品より格段に高く、内部短絡を起こしやすい構造になっています。そして補償の問題として、万が一火災事故が発生した際に製造・販売事業者が不明確であったり海外の事業者であったりするため、一切の対応や補償を受けられないケースがほとんどです。
危険はバッテリー本体に限りません。安価な非純正充電器の使用も火災の直接的な原因となります。純正の充電器には充電コネクタ部分の接触不良や異物付着による発熱を検知した場合に電力供給をストップする異常温度対策機能が搭載されていますが、非純正の充電器にはこのような安全機能が搭載されていない可能性が高く、接続部の異常発熱がそのままプラスチックの溶融、発煙、発火へとつながります。
東京消防庁が2024年7月に発表したデータによれば、リチウムイオン電池を搭載した製品からの火災は過去最多を記録しています。その火災原因となった製品の内訳は、発火が最も多いのがモバイルバッテリー、次いでスマートフォン、そして電動アシスト付自転車が続き、掃除機よりも多くなっています。そしてこれらの火災の発生状況として最も多いのが充電中です。リコール品、非純正品、あるいは正常な製品であっても、リチウムイオン電池にとって充電という行為が最も高負荷かつ高リスクな状態であることを消費者は認識する必要があります。
安全な使用のための実践ガイド
これまでの分析を踏まえ、電動アシスト自転車の全ユーザーがリコール対象か否かに関わらず実行すべき安全対策について詳しく説明します。
まず安全な充電について述べます。火災の多くが充電中に発生していることから、充電プロセスの見直しが最も重要な安全対策となります。必ず自転車購入時に付属していたか、メーカーが指定する純正の充電器を使用してください。非純正の充電器は安全機能が欠如しており、火災の直接原因となります。バッテリー本体、充電器、またはそれぞれの接続端子部が雨、汗、あるいは結露で濡れている状態での充電は絶対にしてはいけません。これは外部短絡による発火への最短経路です。濡れた場合は完全に乾いたことを確認してから充電してください。充電は万が一の発煙・発火に備えて目の届く安全な場所で行うことが強く推奨されます。特にカーテン、布団、ソファ、紙類などの可燃物のそばでの充電は絶対に避けてください。就寝中の充電、特に枕元や寝室での充電は発見が遅れるため最悪の事態を招くリスクが極めて高い行為です。充電が完了したらバッテリーを充電器から外し、充電器の電源プラグもコンセントから抜くことを習慣化してください。
次に安全な保管について説明します。バッテリーは熱に非常に弱いです。最も危険なのは真夏の直射日光が当たる車内や、直射日光下のベランダ、暖房器具の真横などでの保管・放置です。1ヶ月以上など長期間自転車に乗らない場合の対応が特に重要です。バッテリー残量がゼロの過放電状態や満充電の状態で放置してはいけません。最適な方法はバッテリー残量ランプが2から3個点灯した状態、概ね50パーセント前後にして、自転車本体からバッテリーを取り外し、風通しが良く涼しい室内で保管することです。推奨温度は15度から25度です。その状態でもバッテリーは自然放電するため、半年に1回程度は充電器にセットして再度ランプ2から3個の状態まで補充電してください。この作業が過放電によるデンドライトの発生を防ぎ、内部短絡リスクを低減させるための最も確実なメンテナンスです。
安全な廃棄についても重要な注意点があります。バッテリーが寿命を迎えた、あるいはリコール対象で交換した場合、古いバッテリーの捨て方が最後の関門です。消費者が取るべき行動として最も危険なのが、リチウムイオン電池を家庭ごみとして廃棄することです。家庭ごみとして捨てられたバッテリーは、ごみ収集車内での圧縮時やごみ処理施設での破砕時に押しつぶされて発火します。このごみ収集車・処理施設の火災が全国の自治体で激増し、深刻な社会問題となっています。不適切な廃棄は自宅の火災リスクを公共の火災リスクに転嫁する行為に他なりません。正しい廃棄方法はJBRCの協力店・協力自治体を検索することです。多くの家電量販店、一部のスーパーマーケット、自転車販売店などに専用のリサイクル回収ボックスが設置されています。メーカーや販売店による回収サービスを利用することも有効です。
バッテリーの異常を早期に察知することも重要です。以下の兆候はバッテリーが寿命末期か、あるいは内部で異常が発生しているサインである可能性があります。バッテリーのケースが明らかに膨張している場合、充電中や使用中に触れないほど異常な高温になる場合、プラスチックが焦げたような異臭や酸っぱいような異臭がする場合、以前に比べて極端に充電の持ちが悪くなった場合、バッテリーを落下させたり強くぶつけてケースが変形・破損した場合には、リコール対象か否かに関わらず直ちに使用を中止してメーカーや専門の販売店に相談してください。
消費者に求められる行動
2025年現在、私たちが直面している電動アシスト自転車のバッテリー問題は、特定のメーカーの単一の失敗ではなく、リチウムイオン電池という便利な技術の普及に社会の安全対策や消費者の意識が追いついていないという構造的な危機です。ヤマハ・ブリヂストン陣営のリコール回収率が68.5パーセントという数字は、約10万人の消費者が自らが火災の重大なリスクに晒されていることに無関心であるか、あるいはメーカーや行政からの情報が届いていないという厳しい現実を突きつけています。
メーカー各社は3年半が経過してもこの回収率である事実を重く受け止め、対象製品の回収率が100パーセントに限りなく近づくまで、新聞やウェブサイトでの社告といった従来型の手法に留まらず、より踏み込んだ対策を継続する社会的責任があります。しかし最終的に被害を防ぐのは消費者一人ひとりの行動です。
本記事を読んだ消費者は、今すぐ自らが使用している電動アシスト自転車のバッテリーを取り外し、そのバッテリー型番と製造ロットを確認することが求められます。そしてヤマハ・ブリヂストン・丸石サイクル、あるいはパナソニックのリコール対象に万が一にも該当していないか、二重三重に確認する必要があります。さらに自らの確認だけでは不十分です。家族、両親、友人、同僚が電動アシスト自転車を使用しているならば、この情報を共有し、同様の確認を促すべきです。リコール対応は他人事ではありません。消費者自身のその行動が、自らの自宅を、そしてコミュニティを火災から守る最後の砦となるのです。









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