いわてイーハトーブルートとは、岩手県が推進する総延長約290kmの広域サイクリングルートであり、花巻から盛岡を結ぶ区間は宮沢賢治ゆかりの地や温泉郷を巡る魅力的なサイクリングコースとして注目されています。このルートでは、賢治が愛した花巻の田園風景から始まり、歴史ある温泉郷でのヒルクライム、北上川沿いの開放的な平坦路、そして城下町・盛岡の文化と食を一度に楽しむことができます。自転車だからこそ感じられる風の匂い、路傍の草花、川面の輝きを味わいながら、岩手の自然と文化を五感で堪能する旅の全貌をお伝えします。
この記事では、花巻エリアの宮沢賢治スポットや花巻温泉郷の湯治文化、盛岡エリアの近代建築や盛岡三大麺、さらに盛岡の奥座敷と呼ばれるつなぎ温泉・鶯宿温泉まで、いわてイーハトーブルートの花巻〜盛岡区間を徹底的に解説します。サイクリング初心者から健脚ライダーまで、温泉とグルメを満喫できるコース情報をお届けします。

いわてイーハトーブルートとは?花巻から盛岡を結ぶサイクリングコースの概要
いわてイーハトーブルートとは、岩手県南の一関市から県北の二戸市までを縦断する、総延長約290kmに及ぶ広域サイクリングルートです。宮沢賢治が岩手県をモチーフに描いた理想郷「イーハトーブ」にちなんで名付けられたこのルートは、岩手の風土、気候、地質、そしてそこに生きる人々の営みを自転車で体感できる壮大な道程となっています。
花巻〜盛岡区間が注目される理由
このルートの中でも、賢治の生誕地である花巻市と、彼が青春時代を過ごした盛岡市を結ぶ区間は、いわてイーハトーブルートの精神的支柱をなす区間と呼ぶにふさわしい存在です。自転車という身体的移動手段を用いることで初めて見えてくる風景があり、自動車や鉄道のスピードでは見落としてしまう路傍の草花、地層の露頭、川面の輝き、そして風の匂いを五感で受け止めながら進む旅を楽しむことができます。
花巻エリアでは平坦な田園地帯と山裾に広がる丘陵地帯がミックスされた変化に富んだライディングが楽しめます。盛岡エリアでは城下町の複雑に入り組んだ路地を巡るアーバンサイクリングが魅力です。さらに、この区間には歴史ある温泉郷が複数点在しており、サイクリングの疲れを癒やしながら湯治文化に触れるという、他にはない贅沢な体験が待っています。
花巻エリアのサイクリングコースで巡る宮沢賢治ゆかりのスポット
花巻市は、いわてイーハトーブルートにおける精神的な始発駅です。北上盆地の中央に位置し、西に奥羽山脈、東に北上高地を望むこの地は、宮沢賢治の作品世界の原風景そのものであり、サイクリストにとって変化に富んだライディングを楽しめるエリアとなっています。
宮沢賢治記念館・童話村へのヒルクライムコース
花巻市内でサイクリストがまず目指すべきスポットは、胡四王山(こしおうざん)周辺の文化エリアです。ここには「宮沢賢治記念館」「宮沢賢治童話村」「花巻市博物館」が集積しており、河岸段丘の上や山の中腹に位置しているため、短いながらも登りごたえのあるヒルクライムが楽しめます。
宮沢賢治記念館へのアプローチは、国道や主要地方道から急坂を登る形となります。ペダルを踏み込み、息を切らせて坂を登る行為そのものが、賢治が求めた求道的な姿勢と重なる体験です。記念館の駐車場は47台収容で無料となっており、駐輪スペースも確保されています。ここからの眺望では北上盆地を一望でき、眼下に広がるパッチワークのような水田と遠く霞む山並みの絶景は、賢治が「銀河鉄道の夜」で描いた天上の風景を地上に投影したものであることを実感させてくれます。記念館内部では、賢治の愛用したチェロや自筆原稿、鉱物コレクションなどが展示されており、科学者と宗教者の両面を持っていた賢治の姿に触れることができます。
隣接する「宮沢賢治童話村」では、「銀河ステーション」と名付けられたゲートをくぐると、現実と物語の境界線が曖昧になる空間が広がります。「賢治の学校」や「賢治の教室」といった施設は、ログハウス風の建物やユニークなオブジェで構成されており、写真映えするスポットとしても人気が高い場所です。自転車を押し歩きながら敷地内を散策すれば、風に揺れる木々の音とともに童話「風の又三郎」の気配を感じることができるでしょう。
羅須地人協会とイギリス海岸を巡るサイクリングルート
宮沢賢治記念館エリアから少し離れた花巻農業高校の敷地内には、「羅須地人協会」が移築復元されています。ここは賢治が晩年、教職を辞して独居自炊の生活を送りながら、地域の農民たちに肥料設計や稲作指導、音楽や芸術を教えた拠点です。建物の入り口にある黒板には、有名な「下ノ畑ニ居リマス」という文字が記されています。
賢治自身もまた広大な花巻の野山を歩き回り、時にはリヤカーを引き、肥料の入った袋を背負って移動していました。現代のサイクリストが自転車でこの地を訪れることは、時代の変化を感じさせると同時に、肉体を使って移動するという行為の普遍性を再確認させてくれます。建物の周囲には木立があり静寂に包まれているため、ベンチに座って一息つきながら、賢治が理想とした「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉の意味を考えるには最適な場所です。
花巻市街地の東側を流れる北上川の西岸には、国指定の名勝「イギリス海岸」があります。賢治が農学校の教師時代に生徒たちを連れて化石採集に訪れた場所であり、川の水位が下がった際に露出する白い泥岩層(第三紀層)がイギリスのドーバー海峡の白亜の海岸を連想させたことから、賢治がそのように命名しました。北上川沿いのサイクリングロードや県道を利用してアクセスでき、比較的平坦で一定のケイデンス(ペダルの回転数)を維持した巡航に適したコースです。イギリス海岸付近には駐車場や広場が整備されており、自転車を止めて川岸へ降りることも可能です。現在の北上川はダムによる水量調節が行われているため常に泥岩層が見られるわけではありませんが、かつてここが海であった太古の記憶や、賢治がここでクルミの化石(バタグルミ)を発見した時の興奮に思いを馳せることで、時間の層を旅する体験が味わえます。周辺には賢治の詩碑も点在しており、文学散歩とサイクリングを融合させた楽しみ方が可能です。
花巻温泉郷の温泉めぐりサイクリングコース
花巻温泉郷は単一の温泉地ではなく、豊沢川沿いや山あいに点在する12の温泉地の総称です。それぞれに全く異なる泉質と歴史的背景を持ち、サイクリングで標高差を克服するスポーツ的要素と温泉文化を探求する文化的要素を兼ね備えた、このルートならではの魅力となっています。
台温泉の1200年の歴史とヒルクライムコース
花巻温泉のさらに奥、県道から分岐して急勾配の坂を登った先に現れるのが「台温泉(だいおんせん)」です。開湯から1200年以上の歴史を誇り、坂上田村麻呂が東征の折に発見したという伝説が残る、まさに花巻の「奥座敷」と呼ぶにふさわしい温泉地です。
台温泉への道はサイクリストにとって挑戦しがいのあるヒルクライムコースとなっています。温泉街の入り口に近づくにつれて硫黄の香りが漂い始め、近代的なホテルが建ち並ぶ手前の花巻温泉とは対照的な、昭和、あるいは明治・大正の面影を残す木造旅館が谷沿いに密集して現れます。このタイムスリップ感こそが台温泉の真骨頂です。日帰り入浴施設「精華の湯」のほか、歴史ある旅館での立ち寄り湯も可能で、泉質は含硫黄・ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉が多く、源泉温度は高いところでは90度近くに達します。加水しなければ入れないほどの熱い湯は、ヒルクライムで疲弊した筋肉に強烈な刺激を与え、血行を一気に促進してくれます。「滝の湯旅館」のように素朴ながらも圧倒的な湯の力を持つ宿もあり、浴室のタイルや湯口の造形に歴史の重みを感じることができます。
大沢温泉と花巻温泉バラ園を楽しむサイクリング
豊沢川沿いに位置する「大沢温泉」は、宮沢賢治も幼少期から親しみ、作品の中にも登場させた温泉地です。近代的なホテル棟「山水閣」と、昔ながらの自炊部「湯治屋」、そして茅葺き屋根の別館「菊水舘」が混在しており、一つの温泉テーマパークのような様相を呈しています。
サイクリストにとってのハイライトは「湯治屋」です。築200年以上の木造建築が川沿いに増築を重ねて建つ姿は圧巻であり、そのレトロな雰囲気は多くの写真家や旅行者を魅了してきました。名物の混浴露天風呂「大沢の湯」では、豊沢川の清流に手が届きそうな場所で四季折々の景色を眺めながら入浴を楽しめます。川のせせらぎと湯の流れる音がBGMとなる開放感は極めて高く、新緑、紅葉、雪景色と季節によって異なる表情を見せてくれます。県道12号線(花巻大曲線)を利用するアクセスルートは適度なアップダウンがあり走りごたえがあります。入浴後は売店の温泉卵や地元のサイダーで水分とタンパク質を補給するのがおすすめです。
台温泉の手前に広がる「花巻温泉」は、大正時代に盛岡の実業家・金田一国士によって開発された温泉リゾートで、かつて「東北の宝塚」とも称されていました。現在はホテル千秋閣、ホテル花巻、ホテル紅葉館といった大型ホテルが立ち並び、洗練されたリゾート空間を提供しています。サイクリストに特におすすめなのが「花巻温泉バラ園」です。宮沢賢治が設計した日時計花壇があり、約450種6,000株を超えるバラが植えられています。見頃のシーズンは5月下旬〜7月上旬と9月中旬〜10月中旬で、色とりどりのバラが咲き誇る園内の散策は、激しいライディングの合間のクールダウンに最適です。ホテル紅葉館などで日帰り入浴も利用でき、足湯やベーカリーカフェも併設されているため、ポタリング(のんびりサイクリング)の目的地としても楽しめます。
花巻から盛岡への北上川沿いサイクリングコースの魅力
花巻エリアを後にして盛岡を目指す北上ルートは、北上川が形成した広大な盆地の中を進む開放感あふれるセクションです。交通量の多い国道4号線を避け、並行する県道や「北上川サイクリングロード(岩手県道503号など)」を選択するのがおすすめです。
道の駅石鳥谷は南部杜氏の里のサイクリスト休憩拠点
花巻市と盛岡市の中間に位置する石鳥谷(いしどりや)は、日本三大杜氏の一つ「南部杜氏」の発祥の地として知られています。酒造りの町らしい杉玉を掲げた建物や、歴史ある酒蔵の風景が目に入るエリアです。サイクリングの休憩拠点として最も重要なのが「道の駅石鳥谷」で、トイレ・休憩施設がリニューアルされ、サイクリストにとって非常に快適な環境が整備されています。
新しい休憩棟は酒蔵をイメージしたなまこ壁と白壁の外観が特徴的で、内部には畳敷きの小上がりスペースが設けられています。ビンディングシューズという歩きにくい靴を履くサイクリストにとって、靴を脱いで足を伸ばせるスペースは格別のありがたさです。敷地内には「南部杜氏伝承館」があり、巨大な仕込み桶や酒造りの道具の見学ができます。酒粕を使ったソフトクリームは、ほんのりとした甘酒のような香りが疲れた体に染み渡り、エネルギー源となるブドウ糖の補給に最適です。屋外にはサイクルラックも設置されており、安心して愛車を停めることができます。
紫波オガールでランチ休憩を楽しむ
石鳥谷を北上すると紫波町(しわちょう)に入ります。紫波中央駅前にある「オガールプラザ」や「オガールベース」は、公民連携(PPP)によるまちづくり「オガールプロジェクト」として全国的に注目されている施設です。図書館、産直施設、ホテル、バレーボール専用アリーナなどが一体となった複合施設で、田園地帯の中に突如現れた現代建築の実験場のような洗練されたデザインと空間構成が特徴的です。
施設内には地元の食材をふんだんに使ったベーカリーやカフェ、ハンバーガーショップなどが入居しており、質の高い食事を提供しています。広場にはテラス席も多く、愛車を眺めながら食事を楽しむことができます。紫波町は「フルーツの里」でもあり、ルート沿いの産直施設や農園では季節ごとのブドウ、リンゴ、洋梨などの果物を手に入れることができます。サコッシュ(小さなショルダーバッグ)に旬の果物を忍ばせ、北上川の河川敷で休憩しながら齧るのも、このルートならではの贅沢な楽しみ方です。
この区間の走行環境は視界が大きく開けており、正面(北側)に岩手山(標高2,038m)、西側に奥羽山脈、東側に北上高地を望む壮大なパノラマライドとなります。風向きによっては北上川沿い特有の向かい風や追い風を受けることになりますが、それもまた自然との対話です。路面状況はおおむね良好ですが、農繁期にはトラクターなどの農業用車両が泥を落としていることもあるため注意が必要です。
盛岡エリアのサイクリングで訪れたい観光スポットと食文化
北上川、雫石川、中津川の三つの大河が合流する水の都・盛岡は、かつての南部藩20万石の城下町です。花巻が「自然と賢治」の町であるなら、盛岡は「歴史と生活文化」の町であり、複雑に入り組んだ路地と明治以降の近代化遺産が重層的に存在する魅力的なサイクリングエリアとなっています。
岩手銀行赤レンガ館と盛岡城跡公園の歴史散策コース
盛岡市街地に入り中津川にかかる中の橋を渡ると、ひと際目を引く赤レンガの洋館「岩手銀行赤レンガ館(旧盛岡銀行本店本館)」が現れます。この建物は1911年(明治44年)に竣工し、東京駅の設計で知られる辰野金吾とその弟子・葛西萬司によって設計されました。赤レンガに白い花崗岩の帯を配した「辰野式」と呼ばれるデザインは威風堂々としており、盛岡の近代化の象徴です。
サイクリストにとって最高のフォトスポットであり、レンガの赤と愛車のフレームカラーのコントラストは旅の記録として美しく映えます。内部は有料ゾーンと無料ゾーンに分かれており、有料ゾーンでは当時の金庫室や重役室を見学できます。吹き抜けの多目的ホールはかつての銀行営業室であり、高い天井と回廊が織りなす空間美は圧巻です。建物自体に専用駐輪場がないため、盛岡城跡公園周辺の自転車駐輪場や商業施設「プラザおでって」などの駐輪スペースを利用し、徒歩でアクセスするのがマナーとなっています。
赤レンガ館からほど近い「南昌荘(なんしょうそう)」は、盛岡の豪商・瀬川安五郎が明治18年に建てた邸宅です。盛岡市の保護庭園に指定されており、明治の和風建築と回遊式庭園が見事に調和しています。紅葉のシーズンには磨き上げられた床板に庭園の紅葉が反射する「床もみじ」が幻想的な光景を作り出すことで知られています。
「盛岡城跡公園(岩手公園)」は不来方(こずかた)城と呼ばれた南部氏の居城跡です。天守閣などの建物は明治維新後に取り壊されましたが、花崗岩を積み上げた見事な石垣が現存しており、「東北の石垣の博物館」とも称されています。公園内には石川啄木の歌碑「不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸はれし 十五の心」があり、文学的な情景を喚起させます。高台からは岩手山を望むことができ、花巻からここまで走ってきた道のりを振り返ることができます。公園内への自転車乗り入れは一部制限されているエリアがあるため、指定の駐輪場を利用して散策を楽しみましょう。
福田パンはサイクリストの最強補給食
盛岡の食文化を語る上で外せない存在が「福田パン」です。長田町にある本店は校舎のような外観が特徴的で、朝早くから多くの市民や観光客で賑わっています。ここのコッペパンは通常のパンよりもふた回りほど大きく、ふんわりとしつつもモチモチとした独特の食感が盛岡市民のソウルフードとして親しまれています。
最大の特徴は店頭での対面販売方式です。あん、バター、ジャム、ピーナッツ、コンビーフ、ポテトサラダなど数十種類のクリームや具材から好きなものを2種類選び、「ミックス」して注文できます。その組み合わせは数千通りにも及び、自分だけの「マイ・ベスト・コッペ」を見つける楽しみがあります。注文を受けると店員が熟練の手つきで素早くパンに具材を盛ってくれます。カロリー消費の激しいサイクリストにとって最強の補給食(エネルギー源)であり、ジャージの背中ポケットにねじ込んで走るのも、盛岡ライドの「通」なスタイルとして知られています。
盛岡三大麺はサイクリング後の最高のご褒美
盛岡には「わんこそば」「盛岡冷麺」「盛岡じゃじゃ麺」という独自の「盛岡三大麺」文化があり、いずれもサイクリストにとって理想的な炭水化物メニューです。サイクリングの旅において食事は単なる燃料補給以上の意味を持ち、盛岡三大麺はその土地ならではの味を堪能する特別な体験となっています。
わんこそばで100杯に挑戦する
「わんこそば」は、お椀に入った一口分のそばを給仕の掛け声とともに次々と食べ続ける、岩手を代表する郷土料理です。老舗の「東屋(あずまや)」では食べたお椀を目の前に重ねていくスタイルが人気で、男性であれば平均60杯前後、女性であれば40杯前後が目安とされています。100杯を超えると「証明手形」という木製の記念品が授与されるため、サイクリストにとってはセンチュリーライド(100kmライド)完走証のような達成感を味わえる挑戦です。給仕さんとの「ハイ、じゃんじゃん!」「ハイ、ドンドン!」という掛け合いのリズムは、ペダリングのリズムに通じるものがあります。価格は薬味の種類などによってコースが分かれ、2,700円〜3,500円程度が相場です。満腹になりすぎて前傾姿勢が辛くならないよう、宿泊日の夕食に挑戦するなど計画的に楽しむことをおすすめします。
盛岡冷麺と盛岡じゃじゃ麺の個性的な味わい
「盛岡冷麺」は、朝鮮半島にルーツを持ちながら盛岡で独自の進化を遂げた麺料理です。小麦粉と馬鈴薯澱粉(ジャガイモのデンプン)を使用した半透明で強いコシのある麺が最大の特徴で、「ゴムのよう」とも表現される弾力が噛みしめる喜びを与えてくれます。牛骨と鶏ガラをじっくり煮込んだコクのある冷たいスープに、酸味と辛味の効いたキムチ(カクテキ)、そして口直しとしての季節の果物(夏はスイカ、冬は梨など)がトッピングされています。「ぴょんぴょん舎」「盛楼閣(せいろうかく)」「食道園」などが有名店で、特に夏場のサイクリング後に火照った体に冷たいスープが染み渡る感覚は格別です。クエン酸と塩分、糖質を同時に摂取できるリカバリーフードとしても極めて優秀な一杯です。
「盛岡じゃじゃ麺」は、茹でたての温かい平打ち麺(うどんに近い食感)に特製の肉味噌、きゅうり、ネギ、おろし生姜を乗せた料理です。これらを麺が肉味噌色に染まるまで徹底的にかき混ぜ、卓上のラー油、酢、ニンニクを加えて自分好みの味にカスタマイズ(味変)しながら食べるのが作法です。食べ終えた後の楽しみが「ちーたんたん(鶏卵湯)」で、器に少しだけ麺と具を残し、生卵を割り入れてかき混ぜ、店員に声をかけると茹で汁と肉味噌を足した特製卵スープを作ってもらえます。とろみのある温かいスープは胃腸を優しく温め、食事の満足感を高めてくれます。「白龍(パイロン)」や「香醤(こうじゃん)」などの名店があり、行列ができることも多いですが回転は比較的早めです。
盛岡の奥座敷で温泉サイクリングの旅を締めくくる
盛岡市内での観光と食事を堪能した後、旅の締めくくりとして目指すべきは、盛岡市中心部から西へ約15km〜20kmの場所にある「つなぎ温泉」と「鶯宿温泉」です。「盛岡の奥座敷」と呼ばれるこれらの温泉地は、サイクリングの疲れを癒やす極上の環境を提供しています。
つなぎ温泉はアルカリ性美肌の湯でサイクリストを癒やす
「つなぎ温泉」はダム湖である御所湖(ごしょこ)の畔に位置する温泉地です。平安時代末期、前九年の役でこの地を訪れた源義家が愛馬を穴のあいた石に「つないで」入浴させたという伝説がその名の由来であり、現在もその「繋ぎ石」が温泉神社に祀られています。
つなぎ温泉の特徴はpH値の高いアルカリ性単純硫黄泉で、古い角質を落とし肌を滑らかにする「美肌の湯」として知られています。優れた保温効果も持ち合わせており、サイクリングで酷使した筋肉をほぐし、紫外線ダメージを受けた肌をケアするのに最適です。多くの宿が御所湖に面しており、露天風呂からは岩手山の雄姿や湖面を渡る風を感じることができます。日帰り入浴を積極的に受け入れている施設が多く、中にはロードバイク用のスタンドを用意している宿もあります。レンタサイクルを運営している観光協会もあるため、つなぎ温泉を拠点に御所湖を一周する約12kmのポタリングを楽しむこともできます。御所湖周辺は公園整備が行き届いており、四季折々の景色が美しいエリアです。
鶯宿温泉の源泉掛け流しで旅を完結させる
つなぎ温泉からさらに奥、鶯宿川を遡った山あいに位置する「鶯宿(おうしゅく)温泉」は、開湯約450年の歴史を持つ温泉地です。傷ついた鶯が温泉で傷を癒やしているのを木こりが発見したという伝説がその名の由来となっています。つなぎ温泉よりもさらに山深い雰囲気が漂い、昔ながらの湯治場の風情を残す宿から大型リゾートホテル「ホテル森の風鶯宿」まで、多様な宿泊施設が点在しています。
鶯宿温泉の最大の魅力は、豊富な湯量を利用した源泉掛け流しの宿が多いことです。泉質はアルカリ性単純温泉が主で、無色透明ながらほのかな硫黄臭があり、肌触りは柔らかいのが特徴です。温泉街の入り口には無料で利用できる「おちあい足湯」などの足湯施設や、地元の人々も利用する共同浴場があります。盛岡から緩やかな登り勾配を走り抜けて鶯宿温泉に到達した時の達成感はひとしおであり、熱めの湯に浸かり川の音を聞きながら一日の走行を振り返る時間は、何にも代えがたい贅沢です。
いわてイーハトーブルートの温泉サイクリングコースを走るための季節と準備
いわてイーハトーブルートの花巻〜盛岡区間を実際に走破するためには、季節ごとの特徴とサポート体制を事前に把握しておくことが大切です。岩手県は本州で最も広い県であり、内陸部の気候は盆地特有の寒暖差がある点を理解しておきましょう。
季節ごとのサイクリングコンディション
春(4月〜5月)は桜並木や残雪の岩手山が美しいベストシーズンの一つです。ただし朝晩は5度以下になることも珍しくないため、ウインドブレーカーやアームウォーマー、レッグウォーマーなどの重ね着装備が必須となります。「やませ」と呼ばれる冷たい東風が吹く日もあるため、防風対策が重要です。
夏(6月〜8月)は日中30度を超えることもありますが、湿度は関東に比べて低く走りやすい季節です。ただし遮るもののない北上川沿いのルートでは直射日光による熱中症リスクがあるため、こまめな水分補給と日焼け止め対策を欠かさないようにしましょう。
秋(9月〜11月)は稲穂が黄金色に輝き紅葉が山々を彩る、最も美しい季節です。食べ物も美味しい時期で、サイクリングには理想的な気候となります。ただし日没が早くなるため、前後ライト(特にフロントライトは大光量のもの)の装備と反射材の着用を徹底する必要があります。10月下旬以降は冬用グローブの準備も欠かせません。
いわてサイクルステーションの活用とサポート体制
岩手県では「いわてサイクルステーション」という制度が整備されており、道の駅や温泉宿泊施設、コンビニエンスストアなどが登録されています。スポーツバイク対応の空気入れや工具の貸し出し、トイレの利用、バイクラックの設置などのサービスが提供されており、本ルート上では「道の駅石鳥谷」や「花巻広域公園」、各種温泉宿などがサイクルステーションとして機能しています。トラブルが発生した際の心強い味方です。
盛岡駅や新花巻駅などの主要駅では、輪行(自転車を分解して袋に入れ電車に乗せること)の準備をするスペースも確保しやすい環境です。レンタサイクルを利用する場合は、盛岡駅や花巻エリアの観光協会で電動アシスト自転車やクロスバイクを借りることができますが、台数に限りがあるため事前の予約や問い合わせを強くおすすめします。
いわてイーハトーブルートの花巻〜盛岡区間は、宮沢賢治の世界観を体感しながら歴史ある温泉郷と豊かな食文化を自転車で巡る、他にはない特別なサイクリングコースです。自転車のペダルを回す円運動は季節の巡りや歴史の変遷という時間の円環とシンクロし、台温泉の湯煙の中で古の伝説に触れ、赤レンガ館の壁面で近代の光を感じ、わんこそばで食の喜びを味わうすべての体験が、サイクリストの身体を通して記憶されていきます。岩手の大地は、いつでもサイクリストを歓迎しています。








