しおまち海道は、広島県福山市が整備したサイクリングロードで、JR福山駅から瀬戸内海に面した歴史的港町・鞆の浦(とものうら)を経て境ガ浜までを結ぶ片道約26.9キロメートルのコースです。瀬戸内海の潮風を全身に受けながら、江戸時代の港湾施設が奇跡的にほぼ完全な形で残る鞆の浦の町並みや、映画のロケ地としても知られる絶景スポット、そして地元ならではのグルメを満喫できるルートとして大きな注目を集めています。
この記事では、しおまち海道のルート詳細やサイクリングの魅力から、鞆の浦の歴史的な見どころ、伝統の食文化、レンタサイクル情報まで幅広くご紹介します。初心者でも安心して楽しめる平坦なコース設計に加え、映画『崖の上のポニョ』の舞台モデルや『ウルヴァリン:SAMURAI』のロケ地としても知られる鞆の浦の深い魅力を、サイクリストの視点からお伝えします。

しおまち海道とは?福山と鞆の浦をつなぐサイクリングロードの全貌
しおまち海道とは、広島県福山市が整備・推進するサイクリングロードで、近代的な都市部から中世・近世の面影を残す港町・鞆の浦、さらにはダイナミックな自然景観へとサイクリストを導くルートです。新幹線が停車するJR福山駅を起点に、瀬戸内海沿岸の多様な風景を連続的に体験できる緻密な空間設計が施されています。
福山駅からまず南下すると、市の中心を流れる芦田川沿いに整備された専用サイクリングロードを走行します。この河川敷の区間は非常に平坦で走りやすく、野鳥や水辺の生態系を観察しながらの軽快な走行が楽しめます。初心者から中級者まで幅広い層が安全にサイクリングを始められる環境が整っています。
芦田川大橋の下をくぐり抜けると、ルートは一般道へと移行し、地形は河川沿いから海岸線へと劇的な変化を遂げます。瀬戸内海に面した海岸沿いのルートに出ると、潮風を直接身体に受けながらの走行となります。道中ではエクセル鞆の浦付近などで、鮮やかな菜の花越しに瀬戸内海の島々を望む牧歌的な展望が広がります。さらにルートを西へと進み松永方面へ向かうと、常石造船の巨大なドックが現れ、建造中の貨物船を間近に見上げる圧倒的なスケール感を体験できます。古代から続く「海の道」が現代の重厚長大産業へとつながっている歴史の連続性を、肌で感じ取れる区間です。
コース全体は概ね平坦に設計されていますが、走行に変化を加える急坂も意図的に組み込まれており、単調さを感じさせない工夫がなされています。さらに高度な身体的挑戦と絶景を求めるサイクリスト向けには、ヒルクライムコース「福山グリーンライン」への分岐も用意されています。この過酷な登坂を乗り越えた先には、鞆の浦の古い町並みと瀬戸内海を一望できる圧倒的なパノラマビューが待ち受けています。ルートは最終的に戸崎港を経て松永駅へと至る約40キロメートルの道のりとして拡張も可能であり、さらには「しまなみ海道」への接続もできる広域ネットワークの一部として機能しています。
しおまち海道サイクリングのインフラとレンタサイクル情報
しおまち海道が優れたサイクリングルートとして高く評価されている背景には、行政と民間が連携した充実したインフラの存在があります。道路上にはブルーラインや距離標が明確に敷設されており、初めて訪れる土地であっても道に迷うことなく進行できる工夫が凝らされています。スマートフォンの地図アプリに頼ることなく、目の前の風景と身体感覚に集中できる点がサイクリストにとっての大きな魅力となっています。
レンタサイクルの選択肢も非常に豊富です。起点のJR福山駅前にある福山駅南有料自転車駐車場では、朝6時から夜23時まで年中無休でレンタサイクルを提供しています。早朝からの出発や夜遅くの帰着にも対応できるため、多様なスケジュールに合わせた旅程を柔軟に組むことが可能です。鞆の浦エリアにおいても、福山観光コンベンション協会が運営するレンタサイクル拠点が整備されており、午前10時から午後16時30分まで利用できます(火曜・水曜定休)。
さらに、民間事業者の「Cycle Heart」では、1台から最大10台規模のグループ利用にも対応しています。橋を渡らない本州内のステーション間(おのみちロッカー、ふくやまショーケース、しまなみCYCLEPITなど)であれば乗り捨て(ワンウェイ利用)が可能という画期的なシステムを導入しており、利用料金は1,000円から設定されています。24時間対応で、予約注文日から約3か月(90日)先まで指定できる利便性も備えています。これにより、往路は自転車で風景を楽しみながら走り抜き、復路はバスやフェリーといった公共交通機関を利用してゆったりと帰還するという、極めて柔軟で身体的負荷の少ない旅程の構築が実現しています。
| レンタサイクル | 営業時間 | 特徴 |
|---|---|---|
| 福山駅南有料自転車駐車場 | 6:00〜23:00(年中無休) | 起点に最適、長時間対応 |
| 福山観光コンベンション協会 | 10:00〜16:30(火・水定休) | 鞆の浦エリア拠点 |
| Cycle Heart | 24時間対応 | 1,000円〜、乗り捨て可能、90日先まで予約可 |
鞆の浦の歴史と「潮待ちの港」として栄えた理由
鞆の浦が日本史において極めて特異で重要な地位を占める理由は、その類まれな自然地理的条件にあります。都市の発展が政治的決定や産業資本に依存する例が多い中、鞆の浦の繁栄は「潮の満ち引き」という大自然のメカニズムによって宿命付けられていました。
瀬戸内海は、満ち潮の際に紀伊水道と豊後水道の二つの海峡から同時に海水が流れ込み、引き潮の際にはその両方から海水が引いていくという複雑な潮流のメカニズムを持っています。鞆の浦が位置する沼隈半島の沖合は、まさにこの東西からの満ち潮がぶつかり合い、再び東西へと分かれていく潮流の中央拠点(潮目)にあたります。蒸気機関などの動力船が存在しなかった帆船時代において、瀬戸内海を航行するすべての船舶は、この鞆の浦の沖合で潮の流れが変わるのを待つ必要がありました。これが「潮待ちの港」と呼ばれる所以です。
万葉歌人の大伴旅人から、江戸時代の物流を支えた北前船、さらには幕末の志士や外国の使節団に至るまで、時代や目的を問わずあらゆる人や物資が次の潮を待つためにこの地に上陸しました。潮待ちのための滞在は、宿泊業や造船・修理業、さらには全国規模の情報交換と文化交流の場を必然的に生み出し、鞆の浦を瀬戸内海随一の経済的・文化的ハブへと発展させたのです。背後に急峻な山々が海岸まで迫り、わずかな平地に家々が軒を連ねるという限られた地形でありながら、鞆の浦がこれほどの繁栄を享受できたのは、この海洋地政学的な優位性によるものでした。
鞆の浦に残る江戸時代の港湾施設群と見どころ
鞆の浦には、江戸時代に建造された港湾施設のうち、「常夜燈」「雁木」「波止場」「焚場跡」「船番所跡」という5つの主要施設がほぼ完全な形で現存しています。この5つの要素がすべて揃って当時の姿を留めている港は、日本全国で鞆の浦ただ一つです。
港のシンボルである常夜燈は、海中の基礎部分から宝珠までの高さが5.5メートルにも及ぶ巨大な石造りの灯台で、江戸時代のものとしては国内最大級の規模を誇ります。潮の満ち引きによる水位の変化に関わらず、いつでも船から荷揚げができるように海岸線に沿って石段状に精巧に造られた雁木も見事です。船底に付着したフジツボや海藻を焼き払ってメンテナンスを行うためのドックであった焚場、船舶の出入りを監視し徴税や検閲を行った船番所の石垣など、これらすべてが現代においても風景の一部として存在し続けています。博物館の展示物としてではなく、現在進行形の生活空間として現存している事実こそが、鞆の浦を「生きた歴史空間」たらしめています。
鞆の浦の市街地は、江戸時代の地割りがそのまま残る迷路のような細い路地空間となっています。このエリアでは景観保護と歩行者の安全確保のため、自転車から降りて押して歩くことが強く推奨されています。また、地元の商店や歴史的施設に立ち入る際には、施設の床や畳を傷つけないようビンディングシューズのクリートカバーを装着することがマナーとして求められています。さらに、鞆の浦エリア付近には赤と青のみで構成される「二灯式信号」という全国的にも極めて珍しい信号機が存在します。道路幅が極端に狭い歴史的空間ならではの交通規制で、急に赤信号に変わる特性があるため、自転車走行時は特に注意が必要です。
坂本龍馬ゆかりの地・鞆の浦と「いろは丸事件」の歴史
1867年(慶応3年)、坂本龍馬率いる海援隊が乗船していた「いろは丸」が、瀬戸内海で御三家である紀州藩の大型軍艦「明光丸」と衝突し沈没する「いろは丸事件」が発生しました。衝突後、両船の乗組員が上陸し、最初の賠償交渉(談判)が行われたのが、ここ鞆の浦です。
龍馬はこの事件において、日本で初めてとなる近代的な海法(万国公法)を持ち出し、身分制社会において圧倒的な権力を持つ紀州藩に対して一歩も引かない理詰めの交渉を展開しました。鞆の浦での数日間にわたる滞在中、龍馬は自身の身の安全を確保し、暗殺の危機から逃れるために、廻船問屋であった「枡屋清右衛門宅」の屋根裏に作られた隠し部屋に潜伏しました。現在公開されているこの隠し部屋は、来訪者から「思ったよりも広い」と評される空間で、当時の緊迫した状況を肌で感じることができます。
実際の交渉の場として使用されたのが、魚屋萬蔵宅の2階にある「上段の間」でした。龍馬側の言い分が論理的に正当であったため、論破されることを恐れた紀州藩の船長は交渉の席に着くことを避け、逃げ回るという状況が続きました。事態を重く見た土佐藩から後藤象二郎が駆けつけ、さらには薩摩藩の五代友厚らが仲介に入るなど、鞆の浦を舞台に幕末の重要人物たちが水面下で暗躍しました。龍馬はさらに世論を味方につけるため、長崎の繁華街で「船を沈めた紀州藩は償いをせよ」という内容の歌を意図的に流行らせ、民衆の支持を取り付けるという近代的な情報戦略も展開しました。結果として紀州藩は賠償を支払うことに同意し、龍馬は法的な勝利を収めたのです。
この歴史的交渉の場であった魚屋萬蔵宅は、長らく空き家となって衰退の危機にありましたが、NPO法人等の手によって古民家再生プロジェクトが進められ、現在は「御舟宿いろは」として宿泊・飲食施設に生まれ変わっています。この建物の設計デザインにはアニメーション映画監督の宮崎駿氏が携わっており、「龍馬ならこれくらい大胆なことをするだろう」という発想に基づき、江戸時代の町家建築に鮮やかなステンドグラスを嵌め込むなど、歴史とアートが見事に融合した空間が創り上げられました。宿泊客は、龍馬ゆかりの上段の間がある二間続き(6畳+8畳)の客室「龍馬の間(みんなで部屋)」や、蔵の2階を改装した隠し部屋のような16畳の客室「蔵の間(かけおちもの部屋)」に滞在できます。重厚な梁や大人5人が入れる蔵内部の大浴場を楽しみながら、幕末の志士と同じ空間を共有する贅沢な体験が可能です(一泊二食付き27,500円〜)。
鞆の浦が舞台やロケ地となった映画・ドラマ作品
鞆の浦の時が止まったような江戸時代の町並みや入り組んだ路地、海を見下ろす高台の家々といった独特の景観は、多くの映画監督やクリエイターたちの創作意欲を強く刺激してきました。映像作品のロケ地や舞台のモデルとなることで、地域の風景の価値が再発見され、「聖地巡礼」として訪れる新たな観光客を呼び込む強力な力となっています。
宮崎駿監督と『崖の上のポニョ』の舞台モデル
鞆の浦が世界的・国民的な認知を得る大きな契機となったのが、2008年に公開されたスタジオジブリのアニメーション映画『崖の上のポニョ』です。宮崎駿監督は本作の構想を練るにあたり、実際に鞆の浦の町に数ヶ月間滞在し、町民の生活の中に息づく風景から直接的なインスピレーションを得ました。映画の中で克明に描かれる、海を見下ろす高台に建つ家、入り組んだ細い路地、穏やかな港に漁船が浮かぶ情景は、鞆の浦の地形と風土そのものをトレースしたものです。監督が滞在中に見つめた瀬戸内の波の動きや、古い町並みを吹き抜ける風の感覚が作品の細部に色濃く反映されており、現在もポニョの舞台となった弁天島や龍神橋、五色岩、仙人ヶ丘などを訪れる聖地巡礼の観光客が後を絶ちません。
ハリウッド映画『ウルヴァリン:SAMURAI』のロケ地
鞆の浦の映像的な魅力は国内にとどまらず、ハリウッドの制作者たちの目にも留まりました。2013年に公開されたヒュー・ジャックマン主演の『ウルヴァリン:SAMURAI』では、日本全国50カ所以上の候補地の中から最終的に鞆の浦がロケ地に選定されました。制作者側が求めていたのは、映画セットでは再現できない本物の「日本の原風景」でした。撮影は国指定重要文化財「太田家住宅」の周辺や、歴史的な情緒が色濃く漂う路地裏を中心に行われました。
主演のヒュー・ジャックマン氏は、撮影期間中に鞆の浦の海沿いにある高級旅館「汀邸 遠音近音(みぎわてい おちこち)」の最上階スイートルームに滞在しました。全客室に温泉露天風呂を備え、瀬戸内海の多島美を独占できるこの旅館での体験と鞆の浦の人々の温かさに深く感銘を受け、「世界中に福山のことを伝えます」と宣言して福山市の観光大使第1号に就任するという劇的な展開も生まれました。
国内ドラマ『流星ワゴン』と映画『銀魂』のロケ地
国内の実写作品でも鞆の浦は重要な撮影地として起用されています。2015年のテレビドラマ『流星ワゴン』(主演:西島秀俊、香川照之)では、鞆の浦全体が物語の舞台として使用されました。不思議なワゴンに乗って時空を超えた主人公が降り立つ夜の常夜燈の前や、友情を誓い合った高台の「医王寺」の鐘楼前のベンチなど、町のあちこちがドラマの名シーンの舞台となりました。2017年公開の実写映画『銀魂』(主演:小栗旬、橋本環奈、菅田将暉)でも、太田家住宅前の小路や常夜燈、雁木がロケ地として活用されました。
これらの作品に共通するのは、CG技術では決して生み出せない、何百年にもわたって塩風に晒されて風化してきた木と石の確かな質感が、映像に圧倒的な説得力をもたらしている点です。
しおまち海道サイクリングで味わう鞆の浦の食文化とグルメ
サイクリングで消費したエネルギーを補給しながら、土地の記憶を味覚で体感できるのも、しおまち海道の大きな魅力です。鞆の浦には独特の自然環境と歴史の蓄積が育んだ豊かな食文化が根付いています。
360余年の伝統を持つ薬味酒「保命酒」の魅力
鞆の浦を代表する特産品が、江戸時代前期から360余年の歴史を持つ伝統的薬味酒「保命酒(ほうめいしゅ)」です。良質な本味醂をベースに、桂皮(シナモン)や甘草、丁子といった16種類の生薬を漬け込んで造られる「和製リキュール」で、本味醂由来のとろけるように甘く優しい口当たりと、薬味による滋味深く爽やかな香りが特徴です。江戸時代には福山藩の重要な専売品として手厚く庇護され、幕末に黒船で来航したペリー提督らアメリカ艦隊への饗応の席でも供されたという華麗な歴史を持ちます。
現在、鞆の浦には「入江豊三郎本店」「岡本亀太郎本店」など4軒の蔵元が存在しています。各蔵元でそれぞれ微妙に配合や製法が異なる保命酒が製造されており、店先に足を踏み入れると生薬の芳醇な香りが漂います。岡本亀太郎本店などでは、醸造過程を見学しながら各種フレーバーの飲み比べができる歴史体験ツアー(所要時間約60分・料金500円)が提供されています。入江豊三郎本店では、井戸や神棚のある露地の先に大正時代の生活雑貨や保命酒の資料を見学できるミニスペースも併設されており、江戸期の情緒を残すレトロな雰囲気の中で試飲を楽しむことができます。
瀬戸内の海産物と老舗「阿藻珍味」のグルメ
潮の満ち引きが激しい瀬戸内海の潮流は、身の引き締まった極上の魚介類を育みます。鞆の浦は古くから鯛の網干し漁で知られる「鯛の町」としての顔も持ちます。この豊富な海産資源を加工し、地域の味として定着させてきたのが、1949年(昭和24年)創業の老舗海産物加工業者「阿藻珍味」です。70余年にわたり瀬戸内福山の練り物文化を牽引してきた同社の、特産の鯛のすり身を用いた「鯛ちくわ」や小魚を骨ごとすり潰して揚げた「ガス天」は、福山市を代表する贈答品・土産物として長年親しまれています。
阿藻珍味が展開する直営の和食店「小魚阿も珍」では、鞆の浦の契約漁師から毎日直送される新鮮な地魚を、刺身や煮付け、焼き物として提供しています。看板メニューの「ちーいか天ぷら」は、瀬戸内海特有の小さなイカを丸ごとサクッと揚げた一品で、サイクリング後の塩分補給にも最適です。春先には連子鯛やサヨリ、タケノコなどを用いた「春の天ぷら盛り合わせ」が提供されるほか、昭和30年代から国鉄で販売されていた歴史を持つ天然真鯛を使用した豪華な「桜鯛の浜焼き」(10,800円)も期間限定で予約販売されています。セットメニューの白米をプラス料金で変更できる「鯛と梅ひじきごはん」は、細かな鯛の身と酸味の効いた梅ひじきがふんだんに混ぜ込まれ、定食の満足度を格段に高める人気メニューです。
旅客船ターミナル付近の「鞆の浦魚処 鯛亭」では、おひつで提供される豪快な「鯛めしデラックス」と新鮮な刺身のセットが人気を集めています。鞆の浦を訪れるサイクリストの間でも高く評価されている絶品グルメです。
古民家カフェとサイクリスト向け休憩スポット
鞆の浦の海岸線近くに位置する「鞆の浦 a cafe」は、江戸時代に建築された古民家を再生した店舗です。伝統的な木造建築の重厚な趣を残しながらも、地元食材を多く使った地中海風のパスタやさっぱりとしたドリンクなど洗練されたメニューを提供しており、食を通じて鞆の浦のテロワール(風土)を表現しています。サイクリストや観光客がリラックスできる空間として人気です。
広域に目を向ければ、しまなみ海道・生口島の瀬戸田しおまち商店街エリアにある「汐待亭」は、サイクリストのニーズに特化したカフェとして知られています。庄屋や料亭、旅館、郵便局として使われていた趣ある日本家屋を改装し、店内にスポーツバイク専用のサイクルスタンドを設置しています。高価なロードバイクの盗難を心配することなく安心して食事を楽しめる環境は、自転車乗りのオーナーならではのサービスです。600円のカレーライスから、とろとろの豚肉と半熟玉子が乗った「豚の角煮丼」、手作り抹茶プリンやほうじ茶ゼリーが楽しめる「しおまちパフェ」、尾道『Classico』の豆を使った珈琲まで充実したメニューが揃います。さらに、同じ商店街にある『岡哲商店』のコロッケや『玉木商店』のローストチキンの持ち込みを許可し、カレーにトッピングして自分だけの豪華ランチを楽しめるという、地域全体を巻き込んだ柔軟なホスピタリティも魅力です。
しおまち海道周辺の絶景スポットと景勝地めぐり
しおまち海道と鞆の浦の探索では、地形の起伏と歴史的建造物がもたらす劇的な視覚体験も大きな見どころです。サイクリングの道中に立ち寄れる景勝地が数多く点在しています。
朝鮮通信使が絶賛した福禅寺 対潮楼と仙酔島の絶景
鞆の浦の高台に建つ真言宗の寺院「福禅寺」の客殿「対潮楼」は、江戸時代に朝鮮通信使の迎賓館として使用された歴史を持ちます。この客殿の座敷から、柱や窓枠を額縁に見立てて眺める瀬戸内海の景色は、まさに一幅の雄大な絵画です。目の前に浮かぶ仙酔島(仙人が酔うほどに美しいと称される島)や弁天島とのコントラストは息を呑む美しさで、1711年にここを訪れた朝鮮通信使の李邦彦は「日東第一形勝(朝鮮より東の世界で最も美しい景勝地)」と手放しで賞賛しました。近代的な建築が一切介在しないこの借景は、数百年前に外交使節が感動したものと同じ光景を、現代の訪問者に提供し続けています。
断崖絶壁に建つ阿伏兎観音のスリルと絶景
鞆の浦から西へサイクリングルートを進んだ沼隈半島の南端、阿伏兎岬の突端に位置するのが、国の重要文化財に指定されている「阿伏兎観音(磐台寺観音堂)」です。荒波が打ち寄せる断崖絶壁の上に、半分空中にせり出すようにして朱塗りの堂宇が建てられているという極めて特異な立地が特徴です。堂の周囲を巡る廻縁は非常に狭く、床板が海側に向かって傾斜しています。安全を担保する柵も極めて低いため、高所恐怖症でなくとも足がすくむような強烈なスリルを味わえます。古くから安産や子育ての観音様として信仰を集める神聖な場所でありながら、海面をはるか下に見下ろすダイナミックな空間体験は、サイクリングにおける最高のクライマックスとなるでしょう。
内海大橋と常石造船所が見せるコントラスト
江戸時代の面影を残す鞆の浦からさらにルートを進むと、景観は近代的な産業インフラへと変貌していきます。田島へ渡るための「内海大橋」は、美しい2連のアーチ構造を持ちながら、橋の中央部で「くの字」に大きく曲がっているという珍しい設計です。これは大型船舶の航路と高さを確保するための工学的な解決策であり、海運が今もこの地域の生命線であることを示しています。サイクリングルート終盤に現れる常石造船のドックは、鞆の浦の「和の情緒」とは対極にある圧倒的なインダストリアルな造形美を見せてくれます。木造帆船が潮を待った小さな港から、世界中の海を渡る巨大なタンカーや貨物船を建造する産業拠点へと至る道のりは、瀬戸内海の海事史そのもののグラデーションを体感する旅となっています。
鞆の浦の町並み保存と「鞆てらす」の未来への取り組み
鞆の浦は貴重な歴史的景観を有しながらも、単なる野外博物館ではなく、現在進行形で住民が生活を営む「生きた町」です。しかし少子高齢化や建物の老朽化といった課題にも直面しており、歴史的空間の持続的な保全が重要なテーマとなっています。
2017年11月には、鞆の浦南部の西町を中心とした約8.6ヘクタールのエリアが「福山市鞆町伝統的建造物群保存地区」として選定されました。この地区内には江戸時代から昭和戦前までに建てられた伝統的建造物が284棟も保存されており、福山市景観条例などによって大規模な開発や改変が厳しく制限されています。
一方で、建物の維持管理には莫大なコストがかかり、空き家の増加が課題となっています。この問題に対処するため誕生したのが、明治時代の町家を大規模に改修した観光情報とまちづくりの拠点施設「鞆てらす」です。施設内には「潮待ちの港」としての歴史や日本遺産認定に関する展示エリア(2面シアターなど)が設けられ、2階には「鞆町並み修景・活用相談所」が開設されています。
この相談所は「しおまち空き家再生プロジェクト」の中核として機能しています。伝統的建造物の外観修理に対する福山市の修景補助金制度の案内や規制内容の解説、鞆の浦への移住希望者と空き家所有者のマッチング支援など、極めて実践的なサポートを提供しています。鞆の浦の夜の海を照らす常夜燈のように町を明るく照らす存在でありたいという願いが込められた「鞆てらす」は、観光客に休息の場を提供するだけでなく、住民や新たな移住者が歴史的空間で持続的に生活していくための具体的なソリューションを示す施設です。
しおまち海道サイクリングの基本情報まとめ
しおまち海道でのサイクリングを計画する際に押さえておきたい基本情報を整理します。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 基本ルート | JR福山駅〜境ガ浜(片道約26.9km、所要時間約2時間弱) |
| 拡張ルート | 戸崎港経由で松永駅まで約40km |
| コースの特徴 | 概ね平坦、一部急坂あり |
| 上級者向けオプション | 福山グリーンライン(ヒルクライムコース) |
| 広域接続 | しまなみ海道への接続が可能 |
| ナビゲーション | ブルーライン・距離標が道路上に敷設 |
鞆の浦の歴史的市街地では自転車を降りて押し歩きすること、ビンディングシューズ使用時にはクリートカバーを装着すること、二灯式信号には特に注意することなど、サイクリストとしてのマナーを守ることが快適な旅の大前提です。
しおまち海道は、瀬戸内海の潮風を浴びながら、江戸時代から続く「生きた歴史」と映画やドラマで描かれたポップカルチャー、そして360余年の伝統を持つ保命酒や瀬戸内の新鮮な海の幸をすべて体感できる、唯一無二のサイクリングルートです。自然(潮流と地形)、歴史(港湾と外交)、芸術(映画と建築)、そしてスポーツ(サイクリング)がこれほど高い密度で交錯する地域は世界的にも極めて稀です。福山・鞆の浦エリアは、しまなみ海道への通過点としてだけでなく、日本の海洋文化史を体感できる独立したサイクリング・デスティネーションとして、その魅力を増し続けています。








