栃木県サイクリングルート「ナス1(イチ)」は、那須高原を中心に全長約144kmを巡る広域周遊コースで、那須町、那須塩原市、大田原市、矢板市、塩谷町、さくら市の6市町を結んでいます。ファミリーで那須高原のサイクリングを楽しむには、子供の年齢や体力に応じたコースや施設を選ぶことが重要です。那須野が原公園のクローズドコースから電動アシスト自転車を活用した高原ルートまで、家族構成に合わせた多彩な選択肢が用意されています。
栃木県は「自転車先進県とちぎ」の実現を掲げ、観光誘客や健康増進、地域経済の活性化を包括的に目指した自転車活用推進政策を進めてきました。その象徴的な成果が県北地域を舞台とする「ナス1」です。那須連山の雄大な山岳景観、那珂川の清流、歴史ある温泉地、広大な田園風景と牧場地帯といった多様な地域資源を、自転車という移動手段で線として結びつけることで、風や匂い、地形の変化を直接体感できる新しい観光スタイルを提案しています。この記事では、「ナス1」ルートの全容からファミリー向けの楽しみ方、立ち寄りスポットまでを詳しくご紹介します。

栃木県サイクリングルート「ナス1」とは — 那須高原を巡る全長144kmの広域コース
「ナス1」は、栃木県北部の6市町が連携して構築した全長約144kmの循環型サイクリングルートです。令和2年度に県北地域サイクルツーリズム推進協議会において決定されたこのルートは、行政区分の壁を越えたシームレスな周遊コースとして、広域観光連携のモデルケースとなりました。単なるスポーツ振興にとどまらず、観光誘客、健康増進、環境負荷低減、地域経済の活性化を包括的に目指す多面的な戦略の第一弾として位置づけられています。
ルートは大きく3つの地理的特性を持つセクションで構成されています。
山岳・高原エリアは、那須町および那須塩原市の北西部にあたる区間です。那須連山の麓を走るこのセクションは標高が高く、アップダウンに富んだダイナミックなコースプロフィールが特徴です。活火山である那須岳の噴煙や広大な牧草地が広がる風景は、「ナス1」のハイライトともいえる景観を提供しています。那須高原エリアには避暑地としての長い歴史があり、洗練されたカフェやベーカリー、美術館なども点在しているため、サイクリングの合間に立ち寄るスポットとしての質も非常に高いエリアです。
丘陵・里山エリアは、矢板市、塩谷町、さくら市の一部を含む区間です。高原山の山麓に広がる森林地帯や湧水地、里山の原風景の中を走り抜けることができます。矢板温泉や塩谷町の湧水群はサイクリストにとっての癒やしのポイントとなっており、比較的交通量が少なく、静寂な環境の中でペダリングに集中できる区間も多く含まれています。
平野・河川エリアは、大田原市や那須塩原市の東部、さくら市の平坦部にあたります。那珂川や箒川といった一級河川沿いの道や見渡す限りの田園風景が広がり、視界が開けた中で快適に巡航できるセクションです。大田原市の「那須与一の郷」周辺や那須町の「東山道伊王野」付近には歴史的な街道筋の面影が残っており、文化的な探訪も楽しめます。
この144kmという距離設定は、熟練したサイクリストであれば1日で、中級者や観光を重視する方であれば1泊2日での完走を想定した設計です。挑戦意欲をかき立てる「達成感」と、地域の魅力を深く味わう「滞在性」のバランスが考慮されています。
ナス1ルート上の道の駅ネットワークとファミリーに安心の走行環境
「ナス1」の設計において特筆すべき点は、ルート上に複数の道の駅が戦略的に配置されていることです。これらの施設がサイクリストの「ゲートウェイ(玄関口)」および「エイドステーション(補給所)」として機能することで、補給やトイレ、休憩の心配なく長距離を走行できる環境が整っています。
那須町の「道の駅 那須高原友愛の森」は、那須インターチェンジからのアクセスも良く、広域観光案内所やレンタサイクル機能を備えた中核施設です。ファミリーでのサイクリング拠点としても最適な場所に位置しています。東山道沿いの「道の駅 東山道伊王野」は、巨大な水車と手打ち蕎麦が名物となっており、走行途中の食の楽しみを提供してくれるスポットです。
那須塩原市エリアでは「道の駅 明治の森・黒磯」が重要な拠点となっています。ここは明治時代の外交官・青木周蔵の那須別邸が残る歴史的な場所であり、広大なひまわり畑やハンナガーデンなど季節の花々を楽しめる休憩スポットです。塩原温泉郷への入り口にある「道の駅 湯の香しおばら」は農産物直売所やカフェ機能が充実しており、エネルギー補給に適しています。「那須野が原博物館」もルート上のチェックポイントとなっており、地域の開拓史を学ぶことができます。
ルートの南側を支えるのが、矢板市の「道の駅 やいた」と大田原市の「道の駅 那須与一の郷」です。「道の駅 やいた」は矢板温泉に近いことから、ライド後の入浴利用も視野に入れたハブ機能を持っています。「道の駅 那須与一の郷」には那須与一にまつわる伝承館が併設されており、地域の歴史文化発信の拠点となっています。
これらの道の駅にはサイクルラックの設置や工具の貸出、空気入れの配備が進められており、ハード面でのサイクリスト受入体制が強化されています。単なる休憩場所ではなく、それぞれが独自の「食」や「文化」を持ち、サイクリングの目的地(デスティネーション)としての魅力も兼ね備えた施設群です。
走行環境の面では、路面に描かれた青色の矢羽根型路面標示(矢羽根サイン)がルート全線にわたって整備されています。これは自転車の走行位置と進行方向を明示するもので、自動車ドライバーに対しても自転車の存在をアピールする視覚的効果を持っています。初めて訪れるサイクリストでも地図を頻繁に確認することなく、路面をトレースするだけでルートを完走できる環境が整いつつあります。交差点や分岐点には専用の案内看板も設置されており、次の目的地までの距離や方向が示されているため、心理的な安心感のもとで快適なサイクリングを楽しむことができます。
那須高原でのファミリーサイクリングにおける地形的な課題と「坂道の壁」
那須高原でファミリーサイクリングを検討する際に最も注意すべきポイントは、地形の問題です。那須連山の裾野に広がるこの地域は、美しい景観と引き換えに急峻な勾配と長い坂道が存在します。「ナス1」の那須町や那須塩原市の山側エリアは獲得標高が大きく、体力に自信のない方やシティサイクル(ママチャリ)での走行は困難な区間が含まれています。
その厳しさを具体的な数値で確認してみましょう。上級者向けの「ヒルクライム100」コースでは、距離約98kmに対し獲得標高が約1,886mに達します。これは山岳ステージと表現できる水準です。一方、初心者やファミリー向けとされる「ファミリー40」コースであっても、距離約37.8kmに対し獲得標高は約440m存在します。
この獲得標高440mという数字は、普段自転車に乗り慣れていない方にとって決して低いハードルではありません。単純平均勾配としては1%強ですが、実際のコースには平坦区間と5%から8%を超えるような急勾配区間が混在しているため、体感的な負荷は数値以上に大きくなります。特に、筋力が未発達な児童や運動習慣のない大人を含む家族連れにとって、アシストのない自転車でこの高低差を越えることはレジャーとしての楽しさを損なう要因です。那須高原におけるファミリーサイクリングの成否は、いかにしてこの「重力への対抗」をサポートするかにかかっています。
電動アシスト自転車(e-Bike)の活用とファミリー利用時の「身長制限」
那須高原の地形的課題に対する最も有効な解決策が、電動アシスト自転車(e-Bike)の活用です。「道の駅 那須高原友愛の森」ではパナソニック製の電動アシスト自転車を導入しており、坂道の多い那須高原での観光移動を強力に支援しています。料金体系は2時間500円、4時間1,000円と非常にリーズナブルに設定されており、観光客の利用促進が図られています。
ただし、ファミリー利用にあたって注意が必要なのが「身長制限」です。友愛の森で貸し出されている電動アシスト自転車には、「身長139cm以上」かつ「自転車に乗れる方」という明確な利用条件が設けられています。身長139cmは概ね小学校4年生から5年生の平均身長に相当するため、小学校低学年から中学年の児童の多くはこのレンタサイクルを利用できません。
この「139cmの壁」は、ファミリー層の行動パターンを大きく制限する要因となっています。両親は電動アシスト自転車を利用できても子供が利用できないため、結果として家族全員でのサイクリングを断念するケースが生じます。観光旅行で自転車を持ち込むハードルは高く、道の駅を起点とした家族全員での広域サイクリングは、実質的に子供が高学年以上に成長するまで難しいのが現状です。
さらに、那須高原特有の気候条件も制約要因となります。標高が高いため冬季は路面凍結のリスクがあり、「道の駅 那須高原友愛の森」のレンタサイクルサービスも概ね12月から3月頃は休止期間となる場合があります。営業時間も季節によって変動するため、利用の際は事前の確認が不可欠です。
ファミリーにおすすめの那須高原サイクリングスポットと年齢別の楽しみ方
那須高原には、広域ルート「ナス1」の公道走行以外にも、家族で楽しめる多様なサイクリング環境が整っています。子供の年齢や目的に応じた選択肢を知っておくことで、家族全員が安心して楽しめるサイクリング体験が実現します。各施設の特徴を比較すると次のようになります。
| 施設・サービス | 対象年齢の目安 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 栃木県立那須野が原公園 | 幼児から小学校全学年 | クローズドコース、補助輪付き自転車あり |
| ホテルエピナール那須 | 1歳半から5歳 | ランニングバイク、施設内完結 |
| りんどう湖ファミリー牧場 | 全年齢 | ファミリー自転車、アトラクション型 |
| 道の駅 友愛の森レンタサイクル | 身長139cm以上 | 電動アシスト自転車、広域走行可能 |
| ライドエクスペリエンス | 身長150cm以上 | 高性能e-Bike、セルフガイドツアー |
栃木県立那須野が原公園 — 小さな子供でも安心のクローズドコース
小学校低学年以下の児童を含むファミリーに最もおすすめなのが、「栃木県立那須野が原公園」でのサイクリングです。この施設は「ナス1」ルート上にも位置する広大な県営公園で、公道の危険性を排除した安全な環境で自転車を楽しむことができます。
園内には専用のサイクリングコースが整備されており、園内の主要スポットを巡る周回コースと外周路を組み合わせることで1周約4.1kmの距離が確保されています。コース設計は比較的平坦で高低差は約30mにとどまるため、公道のような激しいアップダウンがなく、木陰の中を走る快適なルートです。体力に自信のない子供でも十分に完走が可能な設計となっています。
レンタル自転車は18インチから26インチまで幅広いサイズが用意されており、18インチ車には補助輪付きモデルもあります。まだ自転車に乗り慣れていない幼児の練習の場としても最適です。子供用のヘルメットやプロテクターの貸出も完備されており、転倒時のリスクケアも万全の体制が整っています。親子同乗が可能な子供乗せ自転車の用意もあります。
さらに、公園内にはアスレチックやファミリープール、オートキャンプ場が併設されています。サイクリングを単体のアクティビティとしてだけでなく、一日を通じた遊びの一部として組み込める点が、ファミリー層にとっての大きな魅力です。
ホテルエピナール那須と那須高原りんどう湖ファミリー牧場 — 施設内完結型の楽しみ方
宿泊施設やテーマパーク内でのアクティビティとしてサイクリングを楽しむ形態も、ファミリー層に人気があります。「ホテルエピナール那須」は、特に未就学児向けのサービスに特徴を持つ施設です。ランニングバイク(ペダルなし自転車、ストライダー等)のレンタルを行っており、1歳半から5歳までの幼児がホテル敷地内の芝生広場や専用コースでバランス感覚を養うことができます。公道に出ることなく保護者の目の届く範囲で安全に遊ばせることができるため、小さな子供連れの家族には最適な環境です。
「那須高原りんどう湖ファミリー牧場」では、園内で「ファミリー自転車」のレンタルを行っています。これは家族で協力してペダルを漕ぐアトラクション要素の強い特殊な形状の自転車です。園外への持ち出しはできませんが、牧場の風景を眺めながら家族全員で乗車できる体験は、子供たちにとって貴重な思い出となります。これらの施設内完結型サイクリングは、移動手段としてではなく純粋なレジャーとしての側面が強く、地形や体力の制約を受けにくい点が大きなメリットです。
「ライドエクスペリエンス」 — 小学校高学年以上向けの本格サイクリング体験
より本格的なサイクリング体験を求めるファミリーには、那須塩原駅近くの那須ガーデンアウトレット内に拠点を置く「ライドエクスペリエンス」がおすすめです。ここではトレック(TREK)社製の高性能なe-Bike(クロスバイクタイプやマウンテンバイクタイプ)をレンタルすることができます。身長150cm以上という利用条件をクリアすれば、スポーツバイク未経験者でもプロ仕様の機材性能と電動アシストの恩恵を受けることが可能です。
特に注目すべきは「ハイランドスイーツライド」などのセルフガイドツアーです。GPSナビゲーションとマップの貸出を受け、参加者自身のペースで那須の隠れた名店や絶景ポイントを巡ることができます。コースは初級レベルに設定されており、那須エリアの中でも比較的平坦で交通量の少ない裏道が厳選されています。ガイドが同行しないため家族のプライベート感が保たれる一方、GPSによるルート案内があるため道に迷う心配がないという、自由度と安心感を両立させたサービス設計となっています。
那須高原サイクリングを彩る「食」と立ち寄りスポットの魅力
那須高原でのサイクリングの魅力は、走ること自体に加え、その先にある質の高い「食」や「体験」との接続にあります。魅力的な目的地の存在こそが、ペダルを漕ぐ強力なモチベーションとなるのです。
那須高原のベーカリー文化とサイクリングの親和性
那須高原は全国でも有数の「パンの激戦区」として知られています。ベーカリー文化とサイクリングの親和性は非常に高いものがあります。自転車は小回りが利くため、気になる店を見つけたらすぐに立ち寄れる機動力が最大の魅力です。「ペニーレイン(Penny Lane)」那須店は、ビートルズの世界観を再現した店舗と質の高いパンで多くのファンを魅了しており、サイクリストにとっても人気の立ち寄りスポットとなっています。店舗側もバイクラックの設置や広い駐車場の整備を行い、来訪者の受け入れ体制を整えています。
牧場体験とソフトクリームの魅力
高原サイクリングの醍醐味として外せないのが、牧場風景とそこで味わう乳製品です。「南ヶ丘牧場」は入場料と駐車場が無料という開放的な運営方針をとっており、サイクリストが気軽に立ち寄れるスポットです。希少なガーンジィ牛のミルクを使った濃厚なソフトクリームが名物で、ヒルクライムで疲れた体への糖分補給として人気があります。動物とのふれあいや乗馬体験なども楽しめるため、家族連れにとっては長時間の滞在も可能な複合レジャー施設として機能しています。ただし、南ヶ丘牧場は標高約650mに位置しており、到達するには一定の登坂が必要となるため、e-Bikeの活用が推奨されます。
地域のカフェとサイクルピットのネットワーク
サイクリング中の休憩や機材トラブルの際に頼りになるのが、地域に根ざしたカフェやサイクルピットの存在です。那須街道沿いや裏道には「SUDA COFFEE」のようなサイクリストに深く愛されるカフェがあります。こうした店舗ではオーナー自身が自転車に造詣が深い場合も多く、地域の道路状況やおすすめルートなどの貴重な情報が得られる交流の場となっています。道の駅や一部のコンビニエンスストアにもサイクルスタンドや空気入れ、簡易工具が設置されるようになり、地域全体でサイクリストを支える「おもてなし」のネットワークが形成されつつあります。
栃木県サイクリングルート「ナス1」の今後とファミリー層への展望
「ナス1」は、144kmという壮大なスケールで栃木県北地域の魅力を繋ぎ合わせた画期的なプロジェクトです。矢羽根サインの整備や道の駅のハブ化など、ハード・ソフト両面での環境整備は着実に進んでおり、中・上級者にとっては満足度の高いサイクリング環境が提供されています。
ファミリー層の利用に関しては、那須特有の地形的要因と子供用e-Bikeの不足が課題として浮き彫りになっています。身長139cm未満の子供を持つ家族にとって、広域ルート「ナス1」をそのままトレースすることは困難であり、那須野が原公園のようなクローズドコースや施設内アクティビティの活用が現実的かつ安全な選択肢です。
今後の発展に向けて注目される方向性は3つあります。第一に「キッズe-Bike」の導入促進です。欧米では子供用の電動アシスト自転車が普及し始めており、身長120cmから130cm程度から利用可能なe-Bikeが友愛の森などの主要拠点に導入されれば、家族の行動範囲は劇的に拡大します。「ナス1」の一部区間を家族で走ることも現実味を帯びてきます。
第二に「階層別モデルコース」の明確な情報発信です。ファミリー層に向けては「公園完結型」「平坦路セレクト型」「チャレンジ型(e-Bike前提の牧場巡り)」といったように、難易度と対象年齢を明確に区分したコース提案が求められます。どの区間なら子供と一緒に走れるのか、疲れた時にバスやタクシーに乗れるエスケープルートがどこにあるのかといった詳細情報は、保護者の不安を解消するために欠かせません。
第三に「季節性の克服と通年コンテンツ化」です。冬季にサイクリングが難しい期間は、スノーシュー体験や屋内施設での体験プログラムと組み合わせた冬の那須観光の提案が重要となります。自転車に乗れない時期にも那須を訪れてもらい、春になったらサイクリングで再訪してもらうという、リピーター育成の視点を持った観光戦略が持続可能な観光地としての発展に不可欠です。
那須高原は、その圧倒的な自然美と豊富な観光資源により、国内屈指のサイクルツーリズム適地です。「ナス1」という骨格に、多様なニーズを持つサイクリストを受け入れるためのきめ細やかな対応を加えることで、あらゆる世代が風を感じ、笑顔になれるサイクリングエリアとしてのさらなる発展が期待されています。








