愛知県三河地方の新城と旧吉良(現在の西尾市吉良町)には、鉄道の廃線跡を活用したサイクリングロードや周遊コースが整備されています。新城には奥三河の山あいを縫って走った豊橋鉄道田口線、吉良には三河湾沿岸を結んだ名鉄三河線海線という性格の異なる二つの廃線があり、駅跡やトンネル、公園に姿を変えたホームなどを自転車でたどれるルートが用意されています。新城市が発行するサイクリングマップ「ライド新城」では旧田口線の廃線跡を含む複数の周遊ルートが体力別に提示されており、初級13.7キロメートルから上級の本格的な山岳コースまで選択できます。吉良側では旧碧南駅から旧吉良吉田駅までの16.4キロメートル区間の一部が「碧南レールパーク」として整備され、駅前で借りられるレンタサイクル「赤馬GO!」を使えば自分の自転車を持ち込まなくても走り出せます。ここでは新城と吉良、それぞれの廃線跡の歴史、現地の様子、周辺の見どころ、走行時の注意点までを一通りまとめます。

新城の旧田口線と吉良の三河線海線は性格の異なる2本の廃線
三河地方の廃線跡サイクリングは、奥三河の山岳路線だった旧田口線と、三河湾沿岸の生活路線だった旧三河線海線、この2本を軸に成り立っています。
田口線は1929年に鳳来寺口(現在の本長篠)から三河海老間で部分開業し、1932年には本長篠から三河田口までの全線22.6キロメートルが開通しました。木材輸送を主目的として奥三河の山を縫うように走り、24本のトンネルと多数の橋梁を必要とした山岳路線です。1956年に豊橋鉄道へ吸収されて豊橋鉄道田口線となり、モータリゼーションが進んだ1968年、全線が廃止されました。
三河線海線の前身は三河鉄道が敷いた路線です。三河鉄道は1914年に刈谷新(現在の刈谷)と大浜港(現在の碧南)を結ぶ区間で開業し、1920年に挙母(現在の豊田市中心部)、1928年に西中金、1936年には蒲郡まで路線を広げました。戦後は名鉄三河線として営業していましたが、碧南から吉良吉田までの16.4キロメートル区間は自動車社会の進行とともに利用者を失い、山線の西中金から猿投までの8.6キロメートル区間とあわせて2004年4月1日付で廃止されました。地元自治体で構成された名鉄三河線存続連絡協議会が2002年12月に存続運動の断念を決めた末の結論です。
同じ三河の廃線でも、山側と海側で顔つきがまったく違います。山側の田口線跡はトンネルや駅跡といった構造物が今も残る「遺構探訪」型、海側の三河線海線跡は公園や道路として姿を変えた「転用」型の廃線跡です。1本のロングルートとして完成しているわけではありませんが、それぞれ独立した楽しみ方があります。
新城の旧田口線は「ライド新城」の周遊コースに組み込まれている
新城市は旧田口線の廃線跡を単独のサイクリングロードとして押し出すのではなく、地域の周遊コースの一部として組み込んでいます。市が発行するサイクリングマップ「ライド新城」ではレベル別に複数のコースが提示されています。
初級コースは学童農園山びこの丘を起点に、日本の棚田百選にも選ばれた四谷の千枚田までを往復する約13.7キロメートルで、途中に旧田口線の廃線跡区間が含まれます。中級コースは2種類あり、桜淵公園を起点に富岡・豊栄・設楽原古戦場を回る42.5キロメートル、同じく桜淵公園から鳳来寺山の表参道、長篠、山吉田、富岡を巡る47.5キロメートル。上級者向けには、桜淵公園を発着点に鳳来寺山、湯谷温泉、望月街道、朝霧湖を経由する本格的な山岳コースが用意されています。
旧田口線の遺構は、走行中の各所で目にできます。起点だった本長篠駅は、開業当時「鳳来寺口駅」の名で親しまれた分岐駅で、JR飯田線本長篠駅の脇には田口線用に使われていたホームとレールの一部が今も残っています。奥へ進むと、山肌を手掘りで貫いたトンネルが連続する区間に入ります。コンクリート補強の近代トンネルとは違う、素掘りならではの荒々しい壁面を間近で見られる区間です。県道拡張で敷地の一部が削られた三河海老駅跡のように姿を変えた場所もあれば、往時の面影をほぼそのまま残す場所もあり、区間ごとに表情が変わります。
終点近くの三河田口駅の駅舎は、廃線後も長く現地に残った貴重な建物でしたが、2011年8月21日深夜の豪雨で倒壊してしまいました。建物は失われたものの、記憶を伝える取り組みは続いています。旧清崎駅跡地付近には2021年に「道の駅したら」がオープンし、館内の奥三河郷土館では、かつて田口線を走っていた木製車両が屋外展示されています。走行中に見た駅跡やトンネルが、どのような鉄道の一部だったのかを、この施設で具体的に確かめられます。
鳳来寺山は古くから山岳信仰の霊山として知られ、参道には千年杉の巨木や国の重要文化財の社殿が残ります。湯谷温泉は清流沿いの静かな湯場で、走り終えた体を休める場所として使えます。四谷の千枚田は急斜面に階段状に広がる棚田群で、四季で表情が変わるため写真愛好家からの支持も厚い場所です。桜淵公園は豊川沿いの景勝地で桜の名所でもあり、市街地からのアクセスの良さから、コースの起点として選ばれやすくなっています。
吉良の三河線海線の廃線跡は碧南レールパークに姿を変えた
吉良側の廃線跡は、公園への転用が進んでいる点が特徴です。碧南駅から吉良吉田駅までの16.4キロメートル区間は、2004年4月1日をもって旅客営業を終えました。廃止後の跡地利用は自治体ごとに分かれ、碧南市内では廃線跡が「碧南レールパーク」として整備されました。かつてのホームがそのまま残る箇所もあり、遊具や健康遊具を備えた公園として、子どもから高齢者まで幅広い世代が使う場になっています。
碧南市域を過ぎて西尾市に入ると、廃線跡の顔つきは区間で変わります。道路に転用された区間があれば、築堤や路盤の形状がそのまま残る区間もあります。碧南市と西尾市の境界付近ではかつて矢作川を渡る橋梁がありましたが、現在は橋脚などの遺構はほとんど確認できません。沿線には、高架化からわずか6年で廃止となった寺津高架橋の跡も残っています。踏切解消と輸送力向上を目的に高架化した施設が短期間で用途を終えた経緯は、モータリゼーションの進行が地方鉄道に与えた影響の速さを示すエピソードです。
吉良吉田駅は現在、名鉄西尾線の終着駅として使われており、三河線海線が乗り入れていた面影は駅構造の一部に見て取れます。吉良町エリアの見どころは上横須賀駅から吉良吉田駅にかけての区間に集中しており、両駅前ではレンタサイクル「赤馬GO!」の貸し出しが行われています。輪行袋で自分の自転車を持ち込むこともできますが、初めて訪れる場合は駅前レンタサイクルを使うほうが荷物の負担が小さくて済みます。沿岸部の平坦地形が多く、家族連れや初心者にも向いた地域です。
吉良町には忠臣蔵で知られる吉良上野介義央のほか、幕末から明治にかけて活躍した侠客の吉良仁吉、作家の尾崎士郎といった、地元ゆかりの三人衆がいます。華蔵寺は臨済宗妙心寺派の禅寺で、慶長5年(1600年)に吉良上野介の曾祖父が菩提寺と定めた寺です。吉良上野介の命日にあたる12月14日には、毎年、毎歳忌法要が営まれています。吉良温泉は知多半島と渥美半島に囲まれた三河湾を一望できる立地にあり、宮崎海水浴場は地元で「吉良ワイキキビーチ」の愛称でも呼ばれています。廃線跡サイクリングに海と歴史、温泉が組み合わさる形は、吉良ならではの構成です。
三河線山線の「でんしゃみち構想」は2008年以降都市計画から外れた
三河地方には、廃線跡活用をより広域なサイクリングネットワークへ広げようとする「でんしゃみち構想」が過去に存在しました。三河線山線の廃止区間である猿投から西中金、さらに未成区間の香嵐渓駅付近までを、遊歩道兼サイクリングロードとして一体整備する構想です。地区外からの来訪者と地元の生活者、双方が利用できる道として設計する方針が示されていました。
地元自治会やボランティアによる路盤の手入れなど、住民主体の動きは進んでいましたが、2008年のリーマンショックに伴う自治体財政の悪化を受け、同年度以降の都市計画に「でんしゃみち」の項目は正式には盛り込まれない形となりました。行政計画としては足踏み状態にあるものの、住民主体の廃線跡整備そのものは今も続いており、将来的に広域のサイクリングネットワークへ広がる余地は残されています。
新城の旧田口線、吉良を含む三河線海線、山線のでんしゃみち構想と、三河地方には性格の異なる廃線跡活用の動きが並行してきました。1本のロングルートには連結されていませんが、奥三河の山岳地帯から西三河の沿岸部までを、地域ごとに異なる鉄道の歴史とともにたどれる点で、三河地方全体を回るサイクリストにとって組み立てがいのある行程です。
走行前に確認したい注意点は舗装状態と鉄道遺構への立ち入り
廃線跡サイクリングを楽しむには、通常の道路走行とは違う注意点があります。まず路面。廃線跡の遊歩道やサイクリングロードは、区間ごとに舗装状態と道幅の差が大きくなりがちです。整備区間は走りやすい半面、未整備のまま残っている区間や、私有地に隣接する区間もあります。自治体や観光協会が発行する最新のサイクリングマップとコース情報を、走る前に必ず確認しておきたいところです。新城市の「ライド新城」のようにレベル別に整理された資料は、初めて訪れる人にとって特に参考になります。
次に、廃線跡が一般道と交差したり、住宅地や田畑を通過したりする区間では、通常の交通ルールに従い、歩行者と地域住民への配慮を欠かさないことが大切です。廃線跡は観光客専用の道路ではなく、地域の生活道路や公共空間として整備されている場合が多く見られます。散策中の高齢者や下校途中の子どもとすれ違う場面も少なくないため、スピードを出しすぎず、すれ違い時に一声かけるくらいの心構えで走ると、地域住民との無用な摩擦を避けられます。
鉄道遺構そのものは老朽化が進んでいる箇所も少なくありません。トンネルや橋梁跡に近づく際は、立入禁止の表示や柵の有無を必ず確認し、無理に立ち入らないこと。写真撮影目的でも、私有地への無断立ち入りは避け、公開範囲内で楽しむのが基本です。手掘りトンネルのように長年手入れがされていない構造物では、落石や照明の欠如といったリスクもあります。懐中電灯を携行し、単独行動を避けて複数人で動くと安全性が上がります。
自転車の選び方にも触れておきます。舗装が行き届いた吉良エリアではクロスバイクやロードバイクでも快適に走れます。ただし新城エリアの一部には砂利道や未舗装区間が残るため、太めのタイヤを備えたグラベルロードやマウンテンバイクが向く場合があります。訪れるエリアの地形と路面状況で自転車を選ぶことが、快適に走るための前提条件です。
移動手段としては、新城エリアはJR飯田線本長篠駅、吉良エリアは名鉄西尾線の吉良吉田駅または上横須賀駅が起点として使いやすい駅です。吉良エリアには前述の「赤馬GO!」があります。新城エリアは起伏のある山間部を含むコースが多いため、体力と自転車の種類でコースを選び、夏場は熱中症対策、冬場は防寒対策を十分に。装備面ではヘルメット着用に加え、山間部を走る新城エリアでは携帯工具、パンク修理キット、十分な量の飲料水を用意しておくと安心です。奥三河は集落と集落の間隔が広く、店舗や自動販売機の少ない区間もあります。休憩ポイントを地図で確認しておくと良いでしょう。吉良エリアは沿岸部の市街地を通るためコンビニや飲食店へのアクセスは比較的容易ですが、海からの強い風を受けやすい区間もあり、天候と風向きを確認したうえで走行計画を立てるのが安全です。
季節にも触れておきます。桜淵公園のように桜の名所を含むコースでは、春の開花期に合わせて訪れると、廃線跡や里山風景と桜の組み合わせが楽しめます。四谷の千枚田は田植え時期の初夏と、稲穂が実る初秋に趣が増す棚田です。季節ごとに違う顔を見せる点も、三河地方の廃線跡サイクリングの奥行きです。
近年はスマートフォン向けのサイクリングルート共有サービスを使えば、実際に走った人が記録したコースデータを事前に確認できます。「ライド新城」の各コースについても、こうしたルート共有サービス上にデータが登録されている例があり、紙の地図と併用すれば、獲得標高や休憩ポイントの位置を具体的に把握したうえで走行計画を組めます。初めて奥三河や吉良を訪れる場合は、こうしたデジタルツールと自治体発行のサイクリングマップを併用し、無理のない距離設定から始めるのが賢明な入り方です。
片鉄ロマン街道と比べると三河地方は「周遊型」の廃線跡活用が特徴
廃線跡サイクリングロードは全国各地にあり、地域ごとに異なる特色を出しています。岡山県備前市から和気町にかけて整備された「片鉄ロマン街道」は、1991年に廃止された片上鉄道の跡地を利用した約34キロメートルのサイクリングロードで、大きな高低差や急カーブが少なく、ほぼ全線で信号や車の通行がありません。初心者でも安心して長距離をリズムよく走れる点が評価されています。沿線には当時の駅舎が観光資源として残っており、桜の季節には廃駅ホームと桜が織りなす景観が人気です。
これに対して、新城と吉良の廃線跡は片鉄ロマン街道のような一本の長距離ルートとして完成しているわけではありません。地域ごとの周遊コースや公園整備の中に組み込まれた形で活用されています。ただし新城エリアでは山岳信仰の霊山や棚田といった奥三河の里山風景と、吉良エリアでは忠臣蔵ゆかりの史跡や三河湾の眺望と、それぞれの土地ならではの景観を鉄道遺構と組み合わせて味わえます。全国的に知られる大規模サイクリングロードとは違う、地域密着型の廃線跡の楽しみ方こそが、三河地方の個性です。
新城と吉良を一日ずつ組み合わせるモデルプラン
三河地方を訪れるなら、奥三河の新城エリアと沿岸部の吉良エリアを一日ずつに分けて回るプランが組みやすい行程です。
一日目は新城エリア。JR飯田線本長篠駅を起点に、旧田口線の廃線跡を含むルートを走りつつ、鳳来寺山や四谷の千枚田といった自然景観を楽しみます。体力に応じて、初級コースの13.7キロメートルから上級コースの本格的な山岳ルートまで選択でき、走り終わったら湯谷温泉で汗を流せます。桜淵公園周辺には飲食店や休憩スポットが点在しており、走行の合間の休憩地としても使いやすい場所です。
二日目は西尾市吉良町エリアへ移動し、名鉄西尾線で吉良吉田駅または上横須賀駅へ。レンタサイクル「赤馬GO!」を借りて、三河線海線の廃線跡や、吉良上野介ゆかりの華蔵寺などの史跡を巡り、吉良温泉で三河湾の眺望を楽しみながら旅を締めくくる流れです。夏場なら宮崎海水浴場での海水浴と組み合わせるのも良い選択肢になります。
南北で対照的な地形と鉄道路線を持つ二つのエリアを一度に組み合わせられる点が、三河地方を回るサイクリングの醍醐味です。
新城と吉良の廃線跡は山と海で異なる顔を持つ
愛知県三河地方には、奥三河の山あいを走った豊橋鉄道田口線と、三河湾沿岸を走った名鉄三河線海線という、性格の異なる二つの廃線が残り、新城エリアと吉良エリアにその痕跡を残しています。新城では旧田口線の廃線跡がサイクリングマップ「ライド新城」の周遊コースに組み込まれ、鳳来寺山や四谷の千枚田といった自然景観とセットで走れます。吉良では名鉄三河線海線の廃線跡が碧南レールパークのような公園に姿を変え、吉良上野介ゆかりの史跡や三河湾沿いの温泉地と組み合わせて回れます。三河地方全体では、山線廃線跡を含む「でんしゃみち構想」が2008年以降都市計画から外れる一方、住民による廃線跡の手入れは今も続いています。
かつて地域の暮らしを支えた鉄道は姿を消しても、用地は形を変えて地域の人と旅行者に使われ続けています。新城と吉良、三河の南北に残るそれぞれの廃線跡を自転車で回ることは、失われた鉄道の記憶をたどりながら、奥三河の山と三河湾沿岸の海という対照的な景色を同時に味わえる旅になります。走行計画を立てる際は、最新の道路状況と整備状況を自治体や観光協会の情報で確認したうえで、無理のないコース選びと安全なマナーを心がけたいところです。
木材輸送のために山を切り開いた田口線と、地域の足として三河湾沿岸を結んだ三河線海線。走っていた列車の姿こそもう見られませんが、トンネルの壁に残る手掘りの跡や、公園に生まれ変わったホームの上に立てば、そこにかつて鉄道が通っていたという事実を肌で感じ取れます。三河地方という土地そのものの歩みを知る小さな旅として、新城と吉良の廃線跡をたどるサイクリングは十分に組み立てがいのある行程です。次の休日には、地図とサイクリングマップを片手に、奥三河の山あいと三河湾の海辺、両方の廃線跡へ足を延ばす計画を組んでみたいところです。








