大弛峠は、山梨県山梨市と長野県川上村の県境にそびえる標高2365メートルの峠で、自動車で通行できる車道の峠としては日本で一番高い場所にあります。サイクリングでヒルクライムに挑む人たちにとっては、麓から一気に2000メートル近い標高差を登り切る、国内でも屈指の目標コースです。頂上に立てば、金峰山の五丈岩や富士山まで見渡せる奥秩父山塊の大パノラマが広がります。
この記事では、山梨県側と長野県側それぞれのルートの距離や標高差、平均勾配といった具体的な数値から、通行できる時期、花や紅葉の見頃、頂上周辺の見どころ、ギア選びや補給計画のコツまでをまとめました。標高2365メートルという高さは、下界とはまるで違う空気感を持つ場所です。準備をしっかり整えたうえで、日本一の峠越えに臨んでみてください。

大弛峠は標高2365メートルで日本の車道最高地点
大弛峠(おおだるみとうげ)は、山梨県山梨市と長野県川上村の県境に位置し、標高は2365メートルに達します。自動車で通行できる車道の峠としては、これが日本で最も高い地点です。峠の頂上付近は奥秩父山塊の稜線上にあり、日本百名山のひとつである金峰山(標高2599メートル)、国師ヶ岳、北奥千丈岳といった2600メートル級の山々への登山口としても機能しています。長野県側の道路は川上村道川上牧丘(大弛峠)線、山梨県側は山梨市道川上牧丘線と呼ばれ、両者を合わせて「川上牧丘林道」と総称されることが多く、県境をまたいで長野と山梨をつなぐ山岳ルートです。
サイクリストにとって大弛峠が特別なのは、標高の高さだけが理由ではありません。麓から峠までの標高差が国内屈指の規模であること、コース全体を通じて森林限界に近い高標高の景観が続くこと、そして頂上に立った瞬間に得られる達成感が、多くのヒルクライマーを惹きつけています。海外のロードレースでプロ選手が走るような本格山岳コースに近い厳しさを持つコースであり、脚力に自信のある経験者から、いつか制覇したいと憧れる初中級者まで、幅広い層の目標コースになっています。
山梨県側は距離約37キロ、長野県側は路面の荒れに注意が必要
大弛峠へは山梨県側と長野県側の両方からアプローチでき、それぞれ距離や路面の特徴が異なります。山梨市駅付近からのロングルートでは総距離が約37キロメートル、獲得標高は2000メートルを超え、より峠に近い地点からでも獲得標高1845メートルというデータがあります。平均勾配はおおむね6パーセントから7パーセント前後です。コース中盤には乙女湖があり、湖畔の景観を楽しみながら標高を上げていく構成になっています。山梨県側は全区間が舗装されており、路面状況は比較的良好です。森の中に幾重にも重なるつづら折れのカーブを上っていくと、視界が開けるにつれて金峰山の山頂や五丈岩が見え始め、天候に恵まれれば富士山の姿を望むこともできます。
長野県側は川上村の川上牧丘林道起点から峠を目指すルートで、登坂距離は約27.5キロメートル、標高差は1736メートルとされています。起点から頂上までは約17キロメートルという計測データもあり、平均勾配は6パーセントを超えます。山梨県側と比べて路面がやや荒れている区間が多く、ゴツゴツとした岩がちの路面や未舗装に近い箇所が随所にあります。細いタイヤのロードバイクではパンクや機材トラブルのリスクが高まるため、グラベル対応のタイヤやある程度の太さを持つタイヤを選ぶ、空気圧を調整するといった準備が求められます。
| 項目 | 山梨県側ルート | 長野県側ルート |
|---|---|---|
| 距離 | 約37キロメートル(峠に近い地点からは短縮可) | 約27.5キロメートル |
| 獲得標高・標高差 | 2000メートル超(地点により1845メートル) | 1736メートル |
| 平均勾配 | 6〜7パーセント台 | 6パーセント台後半 |
| 路面状況 | 全区間舗装 | 一部岩がちで荒れた区間あり |
いずれのルートも、麓から峠まで一気に2000メートル近い標高差を登り続ける、国内でも屈指のロングクライムです。上り基調がほぼ途切れることなく続くため、ペース配分を誤ると終盤で脚が売り切れてしまうケースも少なくありません。
獲得標高差は約1860メートルで富士スバルラインの1.5倍近い
大弛峠ヒルクライムのスケールは、他の有名ヒルクライムコースと比較すると実感しやすくなります。駐車場付近の標高がおよそ500メートルであるのに対し、大弛峠の標高は2360メートルであるため、その差はおよそ1860メートルに達します。富士山五合目まで自転車で登る人気コース「富士スバルライン」の獲得標高が1270メートルとされていることと比べても、大弛峠の獲得標高がいかに大きいかがわかるでしょう。
コース終盤の険しさは、ツール・ド・フランスで最も過酷な「超級」に分類される峠のひとつ、ガリビエ峠に匹敵する水準です。実際に走ったライダーの体験談では、午前8時にスタートし、峠頂上への到着が正午前後という、およそ4時間を要した例も報告されています。後半にかけて勾配がきつくなる区間でケイデンスを保てず、低回転・高負荷で踏み続けた結果、膝の関節に痛みを感じたという声もあり、ペース配分とギア選択の重要性がうかがえます。大弛峠が含まれる「山梨百坂」というヒルクライムコース集の中でも、大弛峠は最長となる27.5キロメートルのコースとして紹介されています。山梨県内には数多くの峠・林道ヒルクライムコースが存在しますが、その中でも大弛峠は距離・標高差ともに別格の存在です。
通行できる時期は例年6月上旬から11月中旬に限られる
大弛峠を含む川上牧丘林道は、積雪や路面凍結の影響で冬季は通行止めになります。2024年から2025年にかけてのシーズンでは、山梨県側の規制区間「柳平ゲートから大弛峠ゲート」が2024年11月20日14時から通行止めとなり、2025年5月31日に解除されました。長野県側の規制区間「川上村大字秋山から大弛峠」については、2024年11月12日から通行止めとなり、2025年6月2日に解除されています。
このシーズンの実績を踏まえると、大弛峠を自転車で越えられるのは、おおむね6月上旬から11月中旬までの期間に限られるということになります。特に開通直後の6月上旬や、閉鎖直前の11月上旬から中旬は路面状況や気温の変化が大きいため、訪れる前に最新の通行止め情報を自治体や観光協会の公式情報で確認しておくことが欠かせません。冬季閉鎖の開始日・解除日は年によって前後することがあるため、訪問を計画する際は必ず最新情報を確認する習慣をつけておきましょう。
花の見頃は6月のレンゲツツジ、紅葉は10月から広がる
大弛峠周辺は標高が高いため、季節ごとに咲く花や紅葉の彩りが大きく変化することも見どころのひとつです。6月中旬から下旬にかけてはレンゲツツジが見頃を迎え、7月上旬から中旬にかけてはシャクナゲの花が周辺を彩ります。秋になると、ナナカマドやシラカバ、ダケカンバといった木々が赤や橙、黄色に色づき、標高の高いエリアならではの色彩豊かな紅葉が広がります。乙女湖周辺の紅葉は10月下旬頃から色づき始めるとされ、大弛峠に向かう道中の休憩がてら立ち寄る価値のあるスポットです。
この紅葉の美しさから、秋の週末は写真愛好家や観光客が数多く訪れ、駐車場が早い時間帯から満車になる傾向があります。レンゲツツジが見頃を迎える6月や、紅葉が美しい秋の時期は特に混雑しやすく、週末は峠の駐車場がすぐに満車になることも珍しくありません。車でのアクセスを予定している場合は早朝到着を心がけるか、公共交通機関の利用を検討するとよいでしょう。サイクリストにとっては、車の交通量が多い時間帯や混雑する季節を避けて走る、あるいは早朝のうちに登り切ってしまうといった工夫が、安全にヒルクライムを楽しむうえで役立ちます。
頂上からは金峰山の五丈岩と富士山を一望できる
大弛峠ヒルクライムの魅力は、標高を上げるごとに変化していく景観です。麓では里山の集落や田園風景が広がり、中腹に差し掛かると深い針葉樹林の中を縫うように道が続きます。標高が上がるにつれて木々の背丈が低くなり、ハイマツ帯や岩がちの稜線が姿を現すと、峠は目前です。
峠の頂上に到着すると、そこは奥秩父山塊の稜線上であり、周囲には2500メートルから2600メートル級の山々が連なる大パノラマが広がります。特に金峰山とその象徴である五丈岩は、大弛峠から続く登山道を進むことで間近に眺めることができ、条件が良ければ富士山や南アルプスの山並みまで見渡せます。峠の頂上には「大弛峠」の標識や案内板が設置されており、記念撮影のスポットとしても定番です。
夢の庭園と大弛小屋は峠から徒歩圏内にある
峠から徒歩約15分ほど歩いた先には「夢の庭園」と呼ばれる巨大な花崗岩の岩場があり、そこから望む景色は幻想的であることからこの名がつけられたとされています。時間と体力に余裕があれば、自転車を峠に置いて少し足を延ばし、夢の庭園まで歩いてみるのもよいでしょう。
峠には大弛小屋という山小屋が営業期間中に開いており、登山者や自転車乗りの休憩スポットとしても利用されています。大弛小屋ではテント泊も可能で、幕営の受付は午前9時から、撤収は翌朝9時までとされています。宿泊者専用の簡易水洗トイレも設置されており、日帰りのヒルクライムだけでなく、周辺の登山とあわせて一泊するプランを組むことも可能です。ただし、大弛峠へ至る林道自体が例年5月末頃まで冬季閉鎖となるため、山小屋の営業期間もその開通状況に連動します。訪問前には最新の営業状況を公式情報で確認しておきましょう。
ギアは軽めにセットし、序盤から脚を温存する
大弛峠ヒルクライムでは、スタート直後からいきなり急勾配区間が始まり、それが中盤まで続くとされています。序盤で脚を使い切ってしまうと、後半の緩斜面や再び訪れる急勾配区間で失速してしまうため、あらかじめ軽めのギアをセットし、余裕を持ってペダルを回せる態勢でスタートすることが求められます。フロントインナーとリアのローギアを組み合わせた軽いギア比を用意しておくと、長時間の登坂でも脚への負担を分散させやすくなります。
コース自体も、平均勾配6パーセントから7パーセント台という数値以上に、区間によっては急勾配が連続する箇所があります。序盤から飛ばしすぎず、緩斜面区間でしっかりと脚を休め、ペースを一定に保ちながら距離を消化していくことが、長丁場を走り切るコツです。距離が長く獲得標高も大きいコースであるため、軽装で早朝からスタートし、気温が上がる午後にかけて下り始めるプランが向いています。
補給ポイントは自販機1台と湧き水1箇所のみと少ない
峠の頂上付近には自動販売機がなく、ルートの途中にも自動販売機は限られた場所に1台程度、湧き水のポイントが1箇所ある程度とされています。水分や補給食は出発前にしっかりと用意し、ボトルを多めに携行することが必要です。真夏に挑戦する場合は、ボトル2本程度の水分では足りなくなるケースが多く、熱中症のリスクが高まります。ロングクライムであるぶん行動時間も長くなりやすいため、ボトルを多めに携行するか、携帯できる水分補給用のパックを併用するなど、通常のヒルクライム以上に給水計画を立てておく必要があります。
気温差への対策も欠かせません。標高2365メートルの峠付近は、真夏であっても肌寒く感じられることがあり、下界とは体感温度が大きく異なります。長袖のウインドブレーカーやアームウォーマーなど、防寒対策になる装備を携行しておくと、頂上での休憩時や下りでの体温低下を防げます。下りは特に、上りでかいた汗が冷えて低体温症のリスクを高めるため注意が必要です。標高2000メートルを超える山岳エリアであるため、夏場でも気温が20度前後にとどまることがあり、下界の予報だけを鵜呑みにせず、峠付近のピンポイント天気予報を確認しておくと安心です。山岳地帯特有の急な強い雨や落雷が発生することもあるため、天候が崩れそうな兆候が見えた場合には無理をせず引き返しましょう。
路面状況についても事前の心構えが欠かせません。山梨県側は舗装済みですが、長野県側は岩がちで荒れた路面が随所に見られます。太めのタイヤを選ぶ、空気圧をやや下げるなど、パンクや機材トラブルを未然に防ぐ工夫をしておくとよいでしょう。予備チューブやタイヤレバー、携帯ポンプといった基本的なパンク修理キットは必携です。
アクセスは中央道勝沼ICと塩山駅発のバスが軸になる
車で訪れる場合、山梨県側からは中央自動車道の勝沼インターチェンジや山梨インターチェンジを起点に、山梨市街地を経由して川上牧丘林道を北上するルートが一般的です。長野県側からは中部横断自動車道や国道141号線を利用し、川上村方面から林道に入るアクセスとなります。いずれのルートも道幅が狭く、対向車とのすれ違いに注意が必要な区間が多いため、走行時は十分な安全確認を心がけましょう。特に紅葉シーズンなどの繁忙期には、峠付近の道路脇に路上駐車が延々と連なることがあり、ただでさえ狭い道幅がさらに圧迫されます。自転車で下る際にはカーブの先の見通しが悪くなる箇所もあるため、対向車や路上駐車の陰から歩行者が飛び出してくる可能性も考え、スピードを出しすぎずに慎重に下ることが大切です。
自転車でヒルクライムに挑む場合は、麓の道の駅や公共施設の駐車場に車を停めて自走を開始するサイクリストが多く見られます。峠までの道のりは長時間に及ぶため、事前に補給計画やエスケープルートも含めたルート確認をしておくと安心です。
公共交通機関を利用する場合の参考情報として、JR中央本線塩山駅からは栄和交通が運行する路線バス「焼山峠・大弛峠線(金峰山線)」が、毎年6月1日から11月の勤労感謝の日(およびその振替休日)までの土日祝日に運行されています。このバスは事前予約制となっており、利用する場合は事前に栄和交通へ連絡して予約する必要があります。また、塩山駅からは乗り合いタクシーも利用でき、料金の目安は片道12000円程度、4人で乗り合わせればひとりあたり3000円ほどに抑えられるとされています。自転車を輪行して塩山駅まで移動し、麓の集落までバスやタクシーでアプローチするプランも選択肢のひとつになるでしょう。
乙女湖は堤頂標高1464メートルで日本一高い多目的ダム
大弛峠周辺には、サイクリングや登山以外にも楽しめるスポットが点在しています。山梨県側ルートの中盤にある乙女湖(琴川ダム)は湖畔の景観が美しく、峠までの道中の休憩ポイントとしてだけでなく、写真撮影スポットとしても人気です。乙女湖のもととなる琴川ダムは、堤頂の標高が1464メートルとされ、日本国内の多目的ダムの中でも最も標高が高い場所に位置しています。湖畔にはウォーキングコースが整備されており、ベンチが設けられた岬の先端からダム湖を眺めたり、371段の階段を上った先にある展望広場から周囲の山並みを一望したりすることができます。
大弛峠を起点として金峰山や国師ヶ岳、北奥千丈岳への登山道が整備されているため、自転車で峠まで登った後に軽装で山頂を目指す登山者も多く見られます。日帰りで巡ることができる主な山として、国師ヶ岳(標高2592メートル)、北奥千丈岳(標高2601メートルで奥秩父山塊の最高峰)、そして日本百名山のひとつである金峰山(標高2599メートル)が挙げられます。いずれも大弛峠からの標高差が比較的小さく、自転車で峠まで登り切った後に軽装で往復できる手軽さがあります。国師ヶ岳の山頂は南側に視界が開けており、正面に富士山を望むことができるとされています。金峰山の山頂に鎮座する巨岩「五丈岩」は遠くからでもその存在感が際立ち、大弛峠から登山道を進む道中でも目印になります。体力と時間に余裕があれば、自転車での峠越えとあわせて、短時間で登れる周辺の山頂を目指してみるのも、この地域ならではの楽しみ方です。
初心者はまず距離の近い他コースで経験を積んでおく
大弛峠ヒルクライムは国内でも屈指の難易度を誇るロングクライムであり、いきなり挑戦するにはハードルが高いコースです。日頃からヒルクライムのトレーニングを積んでいる中上級者であっても、獲得標高2000メートル近いこのコースを走破するには相応の準備が必要とされています。初めて挑戦する場合は、あらかじめ距離や獲得標高が近い他のヒルクライムコースで経験を積んでおくか、無理のないペースで途中に休憩を挟みながら走る計画を立てることが望ましいでしょう。
単独走行よりも複数人でのグループライドや、地元のサイクリングイベントに参加する形で挑戦すると、緊急時の対応や励まし合いの面でも安心感が得られます。峠周辺は奥秩父山塊の一部であり、豊かな自然環境が保たれています。初夏の新緑、盛夏の涼しい高原の空気、秋の紅葉と、訪れる時期によってまったく異なる景色が楽しめます。標高2365メートルという日本で最も標高が高い車道峠を自分の脚で登り切る体験は、体力的な準備と装備を整えて臨めば、ヒルクライマーにとって忘れられない一日になるでしょう。








