羽咋健民自転車道は石川県の廃線跡を生かした32.9キロのコース

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羽咋健民自転車道は、石川県羽咋市のJR羽咋駅前から志賀町の景勝地・巌門までを結ぶ、全長約32.9キロメートルのサイクリングロードです。正式名称は石川県道293号羽咋巌門自転車道線で、区間の大部分は1972年に廃止された北陸鉄道能登線の線路跡を利用しています。廃線から半世紀以上が経過した2026年の今も、羽咋の里山と能登金剛の海岸線を結ぶ石川県屈指のサイクリングコースとして走られ続けています。この記事では、廃線跡としての成り立ちから、氣多大社や妙成寺といった立ち寄りスポット、走行時の注意点まで、実際にコースを計画する人が知りたい情報をまとめます。

目次

羽咋健民自転車道は北陸鉄道能登線の廃線跡を活用した32.9キロのコース

羽咋健民自転車道の総延長は約32.9キロメートルで、そのうち約25.5キロメートルは北陸鉄道能登線という私鉄路線の廃線跡をそのまま使っています。鉄道の路盤は勾配を抑えて敷設されているため、坂道の少ない走りやすい道として引き継がれました。残りの区間は志賀町の三明から巌門にかけて新たに接続された部分で、これによって羽咋駅前から巌門までが一本の自転車道としてつながっています。

道幅には鉄道時代の名残でゆとりがあり、大部分が独立した専用路になっているため、自動車の往来を気にせず走れます。一般道と交差する箇所も点在するので、そこだけは標識に従って注意が必要です。とはいえ全体としては初心者や家族連れでも走りやすいコースだと言えるでしょう。

北陸鉄道能登線は1972年に廃止され1981年に自転車道として完成した

北陸鉄道能登線の起点は1925年3月にさかのぼります。能登鉄道という会社が羽咋駅と能登高浜駅の間を開業させたのが始まりでした。その後1927年6月30日に志賀町(当時の富来町)の三明駅まで延伸され、羽咋と三明を結ぶ25.5キロメートル、駅数13駅の路線になりました。当初は富来を経て輪島方面まで延ばす構想もあったようですが、資金難のため実現しませんでした。1943年10月には能登鉄道が北陸鉄道に合併され、路線名は北陸鉄道能登線に変わっています。

モータリゼーションの波を受けて利用客は減り続け、1972年6月25日に全線が廃止されました。開業から半世紀に満たない期間の運行でしたが、廃止からわずか1年余り後の1973年8月10日には早くも自転車道として県道認定を受けています。整備工事を経て1981年に現在の羽咋健民自転車道が完成しました。廃線から県道認定までのこの早さは、鉄道を失った跡地を地域が前向きに活用しようとした結果だと考えられます。「健民」という名称からも、住民の健康づくりを目的に据えた当時の狙いがうかがえます。

コース沿いには、能登一ノ宮駅や終着駅だった三明駅をはじめ、かつて13駅が並んでいました。氣多大社の近くにあった能登一ノ宮駅の跡など、駅の位置がわかる場所も残っており、プラットホームや築堤、橋台といった鉄道構造物の痕跡を探しながら走るのも、この道ならではの楽しみ方です。

コースの起点は羽咋駅、終点は巌門で所要は日帰り圏内

羽咋駅は金沢駅からJR七尾線特急で約40分、普通列車でも約60分ほどの距離にあります。輪行する場合は輪行袋への収納が必要です。駅前から出発した自転車道は市街地を抜けて里山地帯へ入り、氣多大社や妙成寺の周辺を経て、志賀町側で海沿いへと近づき、終点の巌門にたどり着きます。

羽咋健民自転車道を核にした広域ルートとして「羽咋・巌門里山サイクリングルート」があり、ジャパンエコトラックの認定も受けています。総距離62.9キロメートル、最大標高差140メートル、獲得標高310メートル、走行時間の目安は4.5時間というスペックで、健脚の人なら日帰りで走り切れる距離です。体力に自信がない場合は、コースの一部だけを切り取って走る選び方もできます。石川県はこのほかにも「いしかわ里山里海サイクリングルート」として県内各地のコースを紹介しており、羽咋健民自転車道は廃線跡活用型という独自の立ち位置を持っています。このいしかわ里山里海サイクリングルートは、2026年7月22日に国の「ナショナルサイクルルート」として新たに指定されました。輪島市の白米千枚田や七尾市の和倉温泉を経由しながら能登半島を一周し、石川県の沿岸部を通って加賀地域に至る全長517キロメートルの広域ルートで、この指定によって国からの財政支援を受けながら整備やPRを進められるようになります。ルートには能登半島地震で隆起した海岸沿いの仮設道路も組み込まれており、羽咋健民自転車道が含まれる能登エリアも、この広域ルートの一部として位置づけられています。石川県は令和6年能登半島地震からの再生に向けて「石川県創造的復興プラン」を策定しており、観光や道の駅、風景街道と並んでサイクルツーリズムを重要な分野の一つに位置づけています。地域住民や事業者、行政が連携して能登の魅力を訴求していく取り組みの中で、羽咋健民自転車道のような廃線跡サイクリングロードも、今後の能登観光を支える資源の一つになっていくと考えられます。

コース名距離走行時間の目安
羽咋健民自転車道(単独)約32.9km未公表
羽咋・巌門里山サイクリングルート62.9km約4.5時間
千里浜なぎさドライブウェイ約8kmドライブウェイ単体として別途

氣多大社は大伴家持も参拝した縁結びの古社

氣多大社は羽咋健民自転車道沿いの立ち寄りスポットで、大己貴命を祀る縁結びの神社として知られています。『万葉集』には天平20年(748年)に越中守・大伴家持が参拝した際に詠んだ歌が残っており、平安時代には朝廷から最高位の神階「正一位」を授かって「日本四社」の一社に数えられたとも伝わります。境内奥の「入らずの森」は太古からの自然林がそのまま残る社叢で、サイクリングの休憩に立ち寄ると厳かな空気に触れられます。

妙成寺は北陸唯一の五重塔を含む重要文化財10棟を持つ寺院

妙成寺は永仁2年(1294年)に日蓮聖人の孫弟子である日像上人が、京都への布教の途上でこの地に開いたと伝えられる日蓮宗の寺院です。江戸時代には加賀藩前田家の庇護を受け、三代藩主前田利常の生母・寿福院の菩提寺として七堂伽藍が寄進されました。境内には国指定重要文化財の建造物が10棟あり、一つの寺院にこれだけ集中しているのは全国的にも珍しいケースです。シンボルの五重塔は元和4年(1618年)建立、高さ約34メートルで、北陸地方に現存する唯一の五重塔になります。自転車道からは少し寄り道が必要ですが、歴史好きなら外せない立ち寄り先です。

巌門は幅6メートルの洞門を持つ能登金剛の代表的景勝地

巌門は志賀町の海岸に位置する、日本海の荒波が削った洞門です。規模は幅約6メートル、高さ約15メートル、奥行約60メートルで、松本清張の小説「ゼロの焦点」の舞台にもなりました。巌門を含む志賀町沿岸の約29キロメートルは「能登金剛」と総称され、鷹ノ巣岩や、映画のロケ地にもなったヤセの断崖など、荒波が生んだ奇岩や絶壁が連なります。海上から眺めたい場合は有料の能登金剛遊覧船があり、約20分間、洞門をくぐりながら潮風を浴びるクルーズを楽しめます。羽咋健民自転車道の終点としてこの景色を眺める時間は、廃線跡区間の落ち着いた雰囲気とは対照的な開放感を与えてくれます。

千里浜なぎさドライブウェイは自転車でも走れる全長8キロの砂浜道

羽咋健民自転車道とあわせて訪れたいのが、千里浜なぎさドライブウェイです。宝達志水町今浜から羽咋市千里浜町にかけて続く全長約8キロメートルの砂浜道で、車やバイクだけでなく自転車でも走行できます。きめの細かい砂粒が海水を含んで硬く締まることで車両の走行に耐える路面ができており、日本で唯一「車が走れる砂浜」と呼ばれています。1966年からは夏のレジャーシーズンに道路交通法が適用される公道として扱われてきました。世界的にもアメリカのデイトナビーチやニュージーランドのワイタレレビーチ、90マイルビーチなどごく一部にしか例がなく、千里浜はその希少な一つです。

千里浜なぎさドライブウェイの終点にあたる「能登千里浜レストハウス」では、日本海を望むオーシャンビューを眺めながら、その場で焼いた新鮮な魚介類を味わうことができます。サイクリングの合間の食事処としても利用しやすい場所です。羽咋市は「羽咋めぐり」という観光ルートマップも公開しており、街側コース、山側コース、海側コースの3つのテーマ別ルートを提案しています。海側は千里浜なぎさドライブウェイを中心に、山側は古刹や棚田を巡る内容になっているので、羽咋健民自転車道の計画とあわせて参考にできます。

走行の注意点は海風と山越え区間の路面状況の2点

羽咋健民自転車道は専用路が中心とはいえ、一般道と交差する区間や住宅地を通る区間もあるため、標識に従った走行が欠かせません。海沿いでは強い海風が吹くことがあり、冬場は北陸特有の荒天や積雪の影響を受けやすくなります。実際に走った人の記録では、志賀町側の海岸は険しい岩場や岩礁が続き、金沢周辺の砂浜とは違う荒々しい日本海の景観が楽しめる一方、山越え区間では落ち葉や枝が散乱していたり、終盤にスロープ付きの階段が現れたりと、区間によって路面状況にばらつきがあると報告されています。走行前には石川県や地元自治体の道路情報、サイクリング関連サイトなどで最新状況を確認しておくと安心です。気候が安定する春から秋にかけてが走りやすいシーズンとされており、飲料水と補給食を準備し、こまめに休憩を取りながら走ることをおすすめします。

レンタサイクルは羽咋駅東改札口付近で利用できる

自分の自転車を持ち込まない場合、羽咋駅の東改札口付近に電動アシスト自転車のレンタサイクルが設置されているという情報があります。変速機付きの車体で、滝港マリーナや柴垣といった沿線のスポットを経由しながら氣多大社などを周遊する走り方もできるようです。ただし貸し出し条件や台数、料金は変わる可能性があるため、羽咋市や石川県、志賀町の観光協会が公開している最新情報を事前に確認してください。自分の自転車で輪行する場合は、列車内で輪行袋への収納が必要になる点も計画に含めておく必要があります。

羽咋健民自転車道についてよく聞かれるのが、初心者でも走れるコースなのかという点です。鉄道由来の緩やかな勾配と、専用路が中心の安全性を踏まえると、体力に自信がない人や家族連れでも走りやすいコースだと言えます。もう一つよくある疑問が、一日でどこまで走れるのかという点ですが、羽咋健民自転車道単独の32.9キロメートルなら日帰りで十分に往復圏内ですし、能登金剛まで含めた62.9キロメートルの周遊ルートでも、走行時間の目安は4.5時間なので健脚であれば日帰りで走り切れます。

廃線跡活用型サイクリングロードは全国に広がる潮流の一つ

廃線跡をサイクリングロードに転用する取り組みは、羽咋健民自転車道だけの話ではありません。2000年度以降に廃止された鉄道路線は全国で45路線、距離にして1157.9キロメートルにのぼり、その跡地の一部はトロッコやサイクリングロードとして地元自治体やNPOによって活用されてきました。北海道の釧路阿寒自転車道線や網走常呂自転車道線、福島県喜多方市の日中線記念自転車歩行者道、茨城県のつくば霞ヶ浦りんりんロード、京都府の加悦岩滝自転車道線、岡山県の片鉄ロマン街道など、全国各地に同じ発想で生まれたコースが存在します。廃線跡は鉄道時代に勾配を抑えて敷設されているため自然と走りやすい道になり、起終点が既存の駅に近いことが多いので輪行でのアクセスもしやすいという共通の利点があります。

こうした全国の事例と比べたとき、羽咋健民自転車道の際立った点は転換の速さです。北陸鉄道能登線が1972年6月に廃止されてから、わずか1年余り後の1973年8月には早くも県道として認定を受けており、1981年には整備を終えて現在の姿になっています。廃止から再生までのこの短さは、全国の廃線跡活用事例の中でも比較的早いタイミングでの動きだったと言えるでしょう。

国もサイクリングによる観光振興を後押ししています。国土交通省は自転車活用推進法に基づき、令和元年9月にナショナルサイクルルート制度を創設しました。ルート設定、走行環境、受入環境、情報発信、取組体制という5つの観点から一定の水準を満たすルートを国が指定し、日本を代表するサイクリングルートとして国内外にPRする仕組みです。第一次指定では、つくば霞ヶ浦りんりんロードやビワイチ、しまなみ海道サイクリングロードの3ルートが選ばれました。羽咋健民自転車道はこの制度の指定ルートには含まれていないものの、廃線跡の平坦な路盤と豊かな観光資源を組み合わせるという発想は、こうした国の施策が掲げる方向性と重なる部分があります。

羽咋健民自転車道は、廃線から53年以上が経過した現在も、鉄道の歴史と地域の信仰文化、そして日本海の海岸美を一度に体感できるコースとして走られ続けています。氣多大社と妙成寺で歴史に触れ、巌門で絶景を眺め、余裕があれば千里浜なぎさドライブウェイまで足を延ばす。そんな一日の組み立て方ができるのが、このコースの実用的な魅力だと言えるでしょう。

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