水と緑のふれあいロードは、見沼代用水の支線水路沿いに整備された、埼玉県の自転車・歩行者専用道路です。木曽根用水路コースと中島用水路コースの2ルートからなり、総延長は42キロメートルに達します。加須市や久喜市など5市1町を貫くこの道は、江戸時代から続く用水路の管理道路を活用して2000年に生まれました。田園風景と桜並木、そして300年近い歴史を持つ土木遺産を一度に楽しめるコースとして、サイクリストのあいだで評価が定着しています。

水と緑のふれあいロードは支線用水路をたどる42キロの道
水と緑のふれあいロードは、木曽根用水路コース(約25.5キロメートル)と中島用水路コース(約16.5キロメートル)の2つで構成されています。合わせて42キロメートルとなり、うち約12キロメートルは一般道と共用です。ルートは加須市、久喜市、白岡市、宮代町、さいたま市、春日部市の5市1町にまたがっています。
この道路がもともと何だったかというと、見沼代用水路とその支線用水路を改修した際に生まれた土地や管理道路です。農業用水を安定して届けるための脇道が、時間をかけて散策やサイクリングの場に姿を変えてきました。用水路の維持管理という実務的な目的から始まった道が、今では地域の憩いの場として使われている、という経緯そのものがこのコースの背景を物語っています。
緑のヘルシーロードとの違いは本流か支線かの一点
水と緑のふれあいロードとセットで語られることが多いのが「緑のヘルシーロード」です。両者を混同している人も少なくありませんが、違いはシンプルで、見沼代用水の本流沿いを走るのが緑のヘルシーロード、支線の用水路沿いを走るのが水と緑のふれあいロードです。
緑のヘルシーロードは全長56.5キロメートルで、行田市の利根大堰から川口市の川口グリーンセンターまでを結んでいます。沿線市町は行田市、鴻巣市、加須市、久喜市、白岡市、蓮田市、上尾市、さいたま市、川口市の9市です。埼玉県北部の利根川沿いから南部の川口市まで、見沼代用水の流れにほぼ沿ってまっすぐ延びる構成になっており、県内で走れる自転車道としては距離の面で頭ひとつ抜けています。
水と緑のふれあいロードは、この緑のヘルシーロードから支線側に枝分かれする形で設けられています。本流をメインストリートとするなら、水と緑のふれあいロードはそこから伸びる脇道のネットワークというイメージが近いでしょう。
見沼代用水は江戸の食糧難を背景に1727年から築造された
このふたつのサイクリングロードを走っていて避けて通れないのが、見沼代用水そのものの歴史です。見沼代用水は行田市付近で利根川から取水され、上尾市付近で東縁と西縁の2本に分かれます。東縁は東京都足立区付近まで、西縁はさいたま市南部まで流れており、幹線延長は約80キロメートルにおよびます。
江戸時代中期、江戸の人口は100万人を超える規模まで膨らみ、大量の食糧供給が必要になっていました。幕府が進めた享保の改革の一環として新田開発が求められるなか、紀州出身の治水家である井沢弥惣兵衛為永が、灌漑用のため池だった見沼溜井を干拓する事業に着手します。八丁堤を切り割って溜井の水を芝川へ排水し、干拓地を新田として開発する一方、水量の豊富な利根川から新たに用水路を引き、見沼の代わりとなる用水として見沼代用水を整備しました。
このとき採用されたのが、用水路と排水路を分けて設計する「紀州流」という手法です。水はけと灌漑効率が大きく改善し、約5,000石にのぼる見沼田んぼの新田が生まれました。八代将軍徳川吉宗の命を受けたこの事業は、1727年から1728年にかけて進められたとされ、完成から300年近くが経過した現在も、見沼代用水はかんがい施設として現役で機能しています。
見沼通船堀はパナマ運河と同じ仕組みを持つ日本最古の閘門式運河
見沼代用水沿いのコースで欠かせない見どころが「見沼通船堀」です。見沼代用水と芝川のあいだには約3メートルの水位差があり、これを木製の関で調整して船を通行させるために造られました。完成は見沼代用水からほどない1731年で、パナマ運河と同じ閘門式という水位調整の仕組みを持つ運河としては、日本最古とされています。パナマ運河の開通が20世紀に入ってからだったことを考えると、江戸時代中期の日本にすでに同種の技術が実用化されていたことになります。
見沼通船堀には東縁側と西縁側の水路があり、東縁側は約390メートル、西縁側は約654メートルです。それぞれに関を設けて水位を段階的に調節し、年貢米や物資を積んだ船を上下させながら江戸まで運搬していました。現在は見沼通船堀公園として整備され、当時の閘門や船が復元されています。イベント時には堰板を積んで水位を人工的に上下させ、船を往来させる実演も行われており、江戸時代の水運の仕組みを実際に見ることができます。通船堀を渡った先には水神社という小さな社があり、通船堀完成の翌年、河岸場で働く人々の水難防止を祈願して建てられたと伝わっています。見沼通船堀は国の史跡に指定されており、休憩ポイントとして立ち寄るだけでも十分に見応えがあります。
見沼代用水は2019年に埼玉県内で初めて世界かんがい施設遺産に登録された
見沼代用水の価値は国内だけにとどまりません。令和元年9月4日、見沼代用水は埼玉県内で初めて世界かんがい施設遺産に登録されました。この制度は、国際かんがい排水委員会が、建設から100年以上が経過し、かんがい農業の発展に貢献してきた歴史的な施設を認定するものです。見沼代用水は18世紀の完成以来、埼玉県東部の1万ヘクタールを超える農地に用水を供給し続けており、現役のインフラとして認定を受けた点が評価されています。
水と緑のふれあいロードや緑のヘルシーロードは、この国際的な評価を受けた用水路の管理道路の上に整備されています。単なる自転車道としてだけでなく、江戸時代から続く土木遺産、そして今も稼働している農業インフラの上を走っているという事実を知っておくと、コースの見え方が変わってきます。
見沼田んぼは都心から近い1260ヘクタールの緑地として保全されている
コースが走り抜ける見沼田んぼは、都心から20キロメートルから30キロメートルほどの距離にありながら、約1,260ヘクタールという広さを保っている貴重な緑地です。主要な駅からもほど近い立地でありながら、水田や畑、雑木林、そして河川と用水路が育んだ自然が今も残っています。
1950年ごろまでは、見沼田んぼのほぼ全域が水田でした。高度経済成長期に入ると、公共施設や住宅、工場が周辺に建てられ、市街化が進みます。現在は農地が主体の地域であり続けているものの、水田そのものはごくわずかな割合まで減っているようです。一方で近年は、さいたま市南部の見沼地区を中心に果物狩りや野菜収穫の体験が盛んになっており、農地としての新しい活用のされ方も見えてきています。
埼玉県は、見沼田んぼの保全・活用・創造に関する基本方針にもとづき、県が取得した農地の有効活用を進める公有地利活用推進事業を実施しています。NPOや民間団体に農地の適正管理や農業体験イベントの開催を委託する仕組みも整えられており、行政と地域住民が協力しながら緑地を維持している点が、この一帯のサイクリングコースを支える土台になっています。
水田や斜面林が残る見沼田んぼは首都圏有数の野鳥観察地でもある
見沼田んぼは、さいたま市の緑区や見沼区にまたがる首都圏最大級の緑地空間です。江戸時代の干拓によって生まれた水田地帯には、水田や畑、用水路、斜面林がモザイク状に残っており、都市近郊でこれほど多様な生態系が保たれている場所は全国的にも珍しいといえます。
水田と用水路、池が連なる地形のおかげで、見沼田んぼは首都圏でも指折りの野鳥観察スポットとして知られています。一年を通して見られる留鳥から季節限定の渡り鳥まで、観察できる鳥の種類は幅広いようです。林縁や畑のあぜには野生の哺乳類がひっそりと暮らしているとも聞きます。地元の愛好家による探鳥会が定期的に開かれており、サイクリングの途中で双眼鏡を持った観察者を見かけることも珍しくありません。用水路沿いを走りながら、こうした生きものの気配を感じ取れるのも、このコースの隠れた魅力です。
見沼田んぼ桜回廊は総延長20キロで日本一の長さの桜並木
春のサイクリングをより魅力的にしているのが「見沼田んぼの桜回廊」です。芝川と見沼代用水沿いに桜を植える取り組みは1980年代の植樹工事から始まり、地域住民の手で長年育てられてきました。2017年には総延長20キロメートルを超え、約2,000本の桜が植えられた、日本一の長さの桜回廊として認定されています。
ソメイヨシノを中心とした桜は例年3月下旬から4月上旬にかけて見頃を迎えます。芝川サイクリングロードを軸に、山を登る必要のない平坦なルートで20キロメートルの桜のトンネルを走り抜けられる場所は、全国的にも珍しいでしょう。この桜回廊は水と緑のふれあいロードや緑のヘルシーロードと一部区間が重なる、あるいは近接しているため、春先に訪れると見沼代用水の水辺の風景と満開の桜を同時に楽しめます。新見沼大橋から加田屋付近にかけての桜並木は特に評価が高く、水面に映る桜と土手道の組み合わせを目当てに訪れる写真愛好家も多いようです。花見シーズンは人出が多くなるため、混雑を避けたいなら早朝に走るのが賢明です。
氷川女体神社とさぎ山記念公園は歴史と自然を感じる寄り道スポット
見沼通船堀から北の見沼田んぼエリアには、寄り道したくなるスポットが点在しています。氷川女体神社は見沼代用水沿いの高台に鎮座しており、サイクリングコースからも用水路越しに社のすぐわきを通り抜けられます。見沼がまだ広大な沼だった時代から、この地の水を司る神として信仰を集めてきた由緒ある神社で、周辺には寺社仏閣も多く、桜の季節には歴史的景観と満開の花を一緒に楽しめます。
さぎ山記念公園は、芝生広場や大型遊具、つり池などを備えた家族連れに人気の公園です。隣接するさぎ山記念館には、かつてこの地に生息していたサギ類の生態や見沼田んぼの成り立ちに関する資料が展示されています。この周辺はかつて特別天然記念物に指定されたサギの集団繁殖地だったため「さぎ山」の名がつけられており、自然保護と地域の歴史を同時に学べる休憩スポットになっています。
瓦葺の分岐点と蓮田市のガイド付きサイクリングイベント
見沼代用水東縁と西縁の分岐点付近には「瓦葺」と呼ばれる地点があります。ここは東西水路の分岐点であると同時に、用水路が綾瀬川の下を通り抜けるための伏越という地下構造が設けられている、水利技術の面でも興味深いポイントです。上尾市周辺のこの分岐点から北へさかのぼると白岡市の柴山伏越へ、南へ下ると新見沼大橋方面へとつながり、コース設計の目安になる地点として位置づけられています。
蓮田市では、世界かんがい施設遺産に登録された見沼代用水の歴史を学べる地域主催のサイクリングイベントも開催されています。ボランティアガイドの解説を聞きながら見沼代用水沿いを走る約15キロメートルまたは約4キロメートルのコースが用意されており、蓮田市見沼町にある青少年宿泊施設が集合場所になることがあります。歴史を深く知りたい人には、こうした地域イベントへの参加をすすめたいところです。
終点の川口グリーンセンターは花と緑にあふれる公園
緑のヘルシーロードの終点にあたる川口グリーンセンターは、季節ごとに多種多様な花が咲き誇る、花と緑にあふれる公園です。子ども向けの遊具や自然観察のできるエリアも整備されており、子どもから大人まで一日中楽しめる施設として親しまれています。
利根大堰から始まった56.5キロメートルの旅の終着点として、公園でひと息つきながら振り返るのも、このコースならではの楽しみ方です。沿道には桜並木のほかヒガンバナの群生地も点在しており、季節を変えて何度も走りたくなる魅力があります。
アクセスは七里駐輪場や大和田駐輪場のシェアサイクルが便利
水と緑のふれあいロード、緑のヘルシーロードともに複数の市町にまたがる長大なコースなので、鉄道駅からのアクセスや区間ごとのシェアサイクルの活用が実用的です。さいたま市見沼区内には、HELLO CYCLINGのポートとして七里駐輪場(七里駅から徒歩約3分)と大和田駐輪場(大和田駅から徒歩約1分)があります。さいたま市内には見沼代親水公園駅自転車駐車場をはじめ複数のシェアサイクルポートが点在しており、区間ごとに乗り捨てながらコースを楽しむ利用の仕方も可能です。
さいたま市緑区の新見沼大橋を起点に見沼自然公園、七里総合公園を経由して上尾市の東縁・西縁分流点(瓦葺)まで至るルートは、初心者が気軽に走れるコースとしてよく紹介されています。公園を休憩ポイントとして挟みながら走れるため、家族連れや自転車を始めたばかりの人でも取り組みやすい区間です。
コース全体は長距離にわたるため、体力や時間に応じて区間を区切って走るのが現実的です。利根大堰から蓮田・上尾方面までの北部区間、上尾からさいたま市を経て川口グリーンセンターに至る南部区間というように分けて、日帰りで走破できる範囲を目安に計画を立てるとよいでしょう。さいたま市内では見沼代用水沿いのコースから周辺の公園エリアへ接続する走り方も紹介されており、田園風景から市街地の緑地へと表情を変えるルートを自由に組み立てられる自由度の高さも、このコース群の楽しみ方のひとつです。
初心者は1時間10キロを目安に無理のない距離を選ぶ
水と緑のふれあいロード、緑のヘルシーロード、見沼田んぼ周辺のコースは、川沿いに整備されているため基本的に平坦で、山道を登る区間がほとんどありません。都心からのアクセスも比較的よく、ロングライドに初めて挑戦する人の練習コースとしてもよく選ばれています。
走行ペースの目安としては、初心者なら1時間におよそ10キロメートル進む程度を想定するのがよいとされています。この目安に沿うと、半日でおよそ30キロメートル、1日でおよそ50キロメートル程度が無理のない走行距離です。水と緑のふれあいロードの総延長42キロメートル、緑のヘルシーロードの総延長56.5キロメートルという数字を踏まえると、全区間を一気に走り切るよりも、気になる区間を選んで日帰りで楽しむほうが現実的なプランになります。
服装は普段着のままでも走行できますが、汗をかいてもすぐに乾く速乾性のポリエステルなど化学繊維のウェアを選ぶと快適さが増します。裾がチェーンや車輪に巻き込まれにくいボトムスを選ぶのも、安全面で意識しておきたいポイントです。長時間日差しを浴びる区間も多いため、季節に応じて帽子や日焼け対策、水分補給の準備をしておくと安心です。
コースを走る際の注意点は一般道共用区間12キロへの配慮
水と緑のふれあいロードや緑のヘルシーロードは自転車・歩行者・農耕車の専用道路として整備されていますが、一部区間は一般道と共用になっています。水と緑のふれあいロードの場合、全長42キロメートルのうち約12キロメートルが一般道との共用区間で、自動車や地域住民の生活道路と交差する箇所があります。専用道路区間であっても油断せず、交差点や踏切、住宅地に近い区間では速度を落として走ることが求められます。
農耕車が通行する区間もあるため、農作業中の車両やトラクターとすれ違う際には十分な距離を取って安全に配慮する必要があります。道幅は比較的広く整備されていますが、ウォーキングやジョギングを楽しむ人、犬の散歩をする人も利用しているので、歩行者との共存を意識したマナーが求められます。休日や桜のシーズンなど利用者が多くなる時期は、スピードの出しすぎに注意し、譲り合いながら走ることが大切です。
見通しのよい直線区間が続くと速度を出したくなりますが、用水路沿いのため急なカーブや橋のたもとで視界が悪くなる箇所もあります。土手道は路面の状態が季節や天候で変わりやすく、雨上がりには落ち葉や砂が滑りやすくなっていることもあるので、スピードを控えめにして走るくらいがちょうどよいでしょう。
見沼代用水沿いのサイクリングロードは、江戸時代の土木事業から始まった用水路の管理道路を、現代の私たちが自転車で走らせてもらっている道でもあります。世界かんがい施設遺産に登録された用水路の水音を聞きながら、桜並木や見沼通船堀といった歴史の断片を巡る一日は、埼玉県内のサイクリングコースの中でも記憶に残る体験になるはずです。
一度にすべての区間を走ろうとせず、季節や体力に合わせて区間を選び直しながら、何度も通うコースとして付き合っていくのがおすすめの楽しみ方です。春は桜、夏は水田の緑、秋は稲刈り前の風景というように、季節ごとに違う顔を見せてくれる点も、この用水路沿いのコースが長く愛されてきた理由といえるでしょう。








