岡山県倉敷市児島にある風の道は、下津井電鉄の廃線跡を整備した全長6.3kmの自転車専用道です。1991年に全線廃止となった下津井電鉄の軌道敷きを活用し、児島駅から下津井までを結んでいます。児島競艇場を見下ろす区間や、瀬戸内海を一望できる鷲羽山駅跡など見どころが連続し、岡山県内でも人気の高いサイクリングコースの一つとなっています。この記事では、下津井電鉄の歴史からコースごとの特徴、レンタサイクルの料金、周辺の観光やグルメまで、実際に走る前に知っておきたい情報をまとめました。

風の道は下津井電鉄の廃線跡を活用した6.3kmの自転車専用道
風の道は、旧児島駅から旧下津井駅までを結ぶ約6.3kmの区間で、全国の「遊歩百選」にも選ばれています。遊歩百選は読売新聞大阪本社が発刊50周年を記念して2002年に呼びかけたもので、全国の市区町村からの推薦と一般投票、選考委員会による審査を経て選ばれた、風光明媚な歩道百カ所のことです。「健康」「環境」「観光」の3つをキーワードに、歩くことを軸にした新しい旅のスタイルを提案する狙いがあり、風の道もその一つに数えられています。全区間が歩行者と自転車の専用道として整備されており、自動車の通行がないため、小さな子ども連れでも安心して走れます。
コース沿いには四季を通じて花が植えられていて、春は菜の花や桜、秋はコスモスと、季節ごとに表情が変わります。地元の人たちやボランティアが花壇の手入れを続けているそうで、廃線跡が単なる交通インフラの残骸ではなく、地域に根付いた憩いの場として維持されている様子がうかがえます。
下津井電鉄は1991年に全線廃止となり児島と下津井を結ぶ歴史に幕を下ろした
下津井電鉄線は、かつて岡山県都窪郡茶屋町(現・倉敷市茶屋町)と、瀬戸内海に面した港町の下津井(現・倉敷市下津井)を結んでいた軽便鉄道です。開業は1913年11月11日で、当初は味野町駅(後の児島駅)から茶屋町駅までの14.5km区間が、軌間762mmという特殊狭軌の蒸気鉄道として走り出しました。一般的な日本の在来線が軌間1067mmであるのに対し、下津井電鉄はひとまわり小さいナローゲージを採用していて、1930年には社名を下津井電鉄に改め、同時に蒸気運転から電化運転へと切り替えています。この762mm軌間の電化軽便鉄道としては、日本で最初に総括制御方式を導入した路線ともいわれ、複数の車両を1人の運転士でまとめて操作できるようになった点が技術的な特徴でした。瀬戸内海航路と山陽本線をつなぐ連絡路線として、また地域の生活路線として長く利用されてきました。
戦後、自動車の普及によって利用者が減り続けたことで、路線の維持は年々厳しくなっていきます。1972年4月1日には児島駅から茶屋町駅までの14.5km区間が廃止され、残った児島駅から下津井駅までの区間も利用者減少に歯止めがかからず、1991年1月1日にはついに全線が廃止されました。皮肉なことに、この全線廃止は瀬戸大橋の開通からわずか3年後の出来事で、本州と四国を結ぶ新しい交通インフラの誕生と、地域の小さな鉄道の終焉が同じ時期に重なった格好です。
廃線となった軌道敷は放置されることなく、1972年の部分廃止時と1991年の全線廃止時の2度に分けて倉敷市に譲渡され、その大部分が遊歩道・自転車道として再整備されました。これが現在の風の道です。線路や電車そのものは失われましたが、ホーム跡や架線柱、駅名標といった鉄道時代の名残が随所に残されていて、自転車道であると同時に鉄道遺構をたどる散策路としての一面も持っています。
児島から下津井までのコースは平坦区間と上り坂が交互に現れる
風の道は児島側から下津井側へ向かって走るのが一般的なルートです。区間ごとの路面状況と見どころを整理すると、次のようになります。
| 区間 | 路面 | 主な見どころ |
|---|---|---|
| 旧児島駅~阿津駅跡 | 舗装 | ホーム跡、架線柱、四季の花々 |
| 阿津駅跡~倉敷シティ病院前 | 未舗装(平坦) | 住宅地・田畑ののどかな風景 |
| 琴海駅跡 | 舗装 | 児島競艇場を見下ろす眺め |
| 倉敷シティ病院前~鷲羽山駅跡 | 舗装(上り坂) | 上り基調、コース唯一のトイレ |
| 鷲羽山駅跡~旧下津井駅 | 舗装(下り坂) | 瀬戸内海パノラマ、下津井の港町 |
出発点の旧児島駅周辺には、下津井電鉄時代のホームや架線柱が今も残っています。阿津駅跡から倉敷シティ病院前までは未舗装路ですが高低差が少なく走りやすい区間で、周囲には住宅地や田畑が広がるのどかな景色が続きます。
琴海駅跡の付近では、眼下に児島競艇場を望むことができます。競艇のエンジン音が響く一方で瀬戸内海に近づいていく雰囲気も感じられ、コース中盤の印象的なポイントになっています。
倉敷シティ病院前から先は道が舗装路に変わり、下津井電鉄で最も標高の高い場所にあった鷲羽山駅跡までは、ほぼ登り坂が続きます。電動アシスト付きの自転車を使えば、この上り坂もそれほど苦にならずに走り切れます。風の道全体でトイレが設置されているのは、この鷲羽山駅跡だけなので、休憩ポイントとして覚えておくとよいでしょう。
鷲羽山駅跡は風の道いちばんの見せ場です。眼下には瀬戸内海が広がり、天候に恵まれれば瀬戸大橋も見えます。夕暮れ時には行き交う船や島々のシルエットが茜色に染まり、多くのサイクリストや写真好きが足を止める人気のスポットになっています。ここから先は下り基調になり、風を切りながら下津井の港町へと下っていきます。到着する旧下津井駅は、かつて瀬戸内海航路との乗り換え拠点として賑わった場所で、下津井電鉄時代の面影を残す施設が点在しています。
全長6.3kmという距離は、自転車なら1時間前後、途中の写真撮影や休憩を挟んでも半日あれば十分に走り切れる手頃な長さです。自転車初心者からファミリー、本格的なサイクリストまで、幅広い層に対応できるコースといえます。
児島駅前のレンタサイクルは550円で借りられるデニム柄の電動アシスト車
児島は「国産ジーンズ発祥の地」として知られる繊維の町で、その土地柄を活かしたレンタサイクルが用意されています。児島駅前の倉敷市児島産業振興センター内では、ジーンズ柄の電動アシスト付き自転車を借りることができます。
このデニム自転車は、児島の地場産業であるジーンズの魅力を発信する狙いもあり、写真映えするビジュアルとして人気を集めています。レンタル料金は550円(税込)で1回利用でき、営業時間は9時から17時まで、休館日は火曜日(祝日の場合は翌日)です。所在地は倉敷市児島駅前1-37の倉敷市児島産業振興センターになります。
電動アシスト自転車は、ペダルを踏む力をセンサーが感知し、モーターが補助的な力を加える仕組みで走ります。アシスト力がもっとも強く働くのは、こぎ出しの瞬間や時速10km未満の低速域で、自転車での走行のうち最も体力を使う「発進」と「上り坂での低速走行」を助けてくれる設計になっています。鷲羽山駅跡へ向かう上り坂区間を走るうえで、これは大きな助けになります。脚力に自信がない人や、家族でのんびり走りたい人にとって、電動アシストの有無はコース全体の満足度を左右するポイントです。
児島がデニムの町になったのは学生服産地からの転換がきっかけ
児島駅周辺には「児島ジーンズストリート」と呼ばれるエリアが広がっていて、デニム生地の生産から縫製までを手がける工房やセレクトショップが軒を連ねています。サイクリングの前後に立ち寄り、児島ならではのデニムグッズを探すのもおすすめです。
児島がデニムの町になった背景には、長い繊維産業の歴史があります。江戸時代、児島地区の干拓地では塩分に強い綿花の栽培が盛んになり、これを原料とする繊維産業が発達して小倉織や真田紐づくりが根付きました。明治から大正にかけては足袋の産地として、昭和に入ってからは学生服の産地として発展し、最盛期の1963年には学生服の年間生産量が1千万着を超えるほどの「学生服の町」になりました。この繊維産業の蓄積が、昭和40年代以降のデニム・ジーンズ産業の集積につながっていきます。
1965年には、地元企業ビッグジョンの創業者である尾﨑小太郎氏がアメリカ製のデニム生地などの資材を取り寄せ、日本で初めて国産ジーンズを製造・発売しました。これが「児島イコール国産ジーンズ発祥の地」と呼ばれる理由で、以来60年以上にわたり、児島は日本を代表するデニムの産地として、伝統的な織りや染めの技術と新しい発想を組み合わせながらジーンズ文化を発信し続けています。児島駅前で借りられるデニム柄のレンタサイクルも、こうした地域の歴史とアイデンティティを映した存在です。
鷲羽山展望台と瀬戸大橋は風の道終盤のハイライト
鷲羽山駅跡のさらに山側には、鷲羽山展望台があります。鷲羽山という名前は、鷲が羽を広げた姿に似た山容にちなんで付けられたそうです。標高133mのこの山は、日本で最初の国立公園に指定された瀬戸内海国立公園を代表する景勝地の一つで、山頂は「鍾秀峰」と呼ばれています。展望台からは瀬戸内海に浮かぶ島々や、備讃瀬戸を行き交う船舶を一望でき、天候に恵まれれば瀬戸大橋の姿も望めます。瀬戸大橋周辺では屈指の景観スポットとして知られています。
瀬戸大橋は、本州四国連絡橋の児島・坂出ルートとして1988年4月10日に開通しました。岡山県倉敷市児島と香川県坂出市を、塩飽諸島の櫃石島、岩黒島、羽佐島、与島という4つの島を経由してつなぐ、6つの橋の総称です。全長37.3kmのうち海峡部は9.4kmにおよび、上部を自動車(瀬戸中央自動車道)、下部を鉄道(JR本四備讃線)が走る道路・鉄道併用橋という構造になっています。道路と鉄道が同時に通る併用橋としては世界最長とされ、2015年にはギネス世界記録にも認定されました。
鷲羽山や下津井エリアから望む瀬戸大橋の姿は、この地域を代表する景観です。風の道を走りながら、あるいは鷲羽山駅跡や鷲羽山展望台から瀬戸大橋を眺めるのは、この地域を訪れる大きな目的の一つになっています。下津井電鉄が1991年に全廃された背景には、瀬戸大橋開通による交通体系の変化も影響したとされていて、風の道と瀬戸大橋は時代の転換点を象徴する存在として深くつながっています。
下津井港のタコ料理は元祖たこ料理保乃家が代表格
風の道の終点にあたる下津井は、かつて北前船の寄港地や瀬戸内海航路の要衝として栄えた港町です。北前船とは、江戸時代中期から明治30年代にかけて、大阪と北海道のあいだを瀬戸内海経由の西廻り航路で行き来し、寄港地ごとに商品を売り買いしながら利益を上げていた商船群のことです。一往復で得る利益が現在の価値で数千万円規模になることもあったといわれ、寄港地となった港町には大きな繁栄をもたらしました。下津井もそうした寄港地の一つとして賑わい、現在も当時の町並みが一部に残っていて、タコ料理をはじめとする海の幸を味わえる飲食店が点在しています。下津井城跡など、歴史散策のスポットも周辺にあります。
下津井港で水揚げされるタコは身が締まって旨みが強いことで知られ、地元では古くから多彩なタコ料理が親しまれてきました。代表的な店の一つが「元祖たこ料理 保乃家」です。下津井で最初のタコ料理専門店とされ、生きたタコをその場で捌いて提供するため、新鮮ならではの歯ごたえと味わいが楽しめます。活マダコの刺身、卵を使ったまこしんじょう、天ぷら、イボ酢などが付くコース仕立ての名物タコ料理(5,000円)が看板メニューです。
瀬戸大橋を望む景観とともに食事を楽しみたいなら、「ふく仙」もおすすめの一軒です。下津井名物のタコ料理を、瀬戸大橋の眺めとセットで味わえます。手軽に楽しみたい場合は、テイクアウトできる「たこ天」が人気で、プリプリとした歯ごたえと塩コショウの効いた味付けが酒の肴にもよく合います。下津井産のタコを使ったご当地グルメの「たこ塩焼きそば」(700円程度)も、観光客に親しまれているメニューです。風の道でひと汗かいた後、こうした新鮮なタコ料理で締めくくるのも、児島・下津井エリアならではの楽しみ方です。
下津井駅跡には保存車両のメリーベル号が今も残る
風の道の終点である旧下津井駅跡には、廃線となった下津井電鉄の車両が今も保存されています。地元有志による下津井みなと電車保存会の手で守られていて、電車のメリーベル号とクレパス号、モハ103形とクハ24形の合計6両、さらに貨車3両が保存対象です。
中でもメリーベル号は、瀬戸大橋開通の年である1988年にアルナ工機で製造された、下津井電鉄にとって最後の新製車両です。大正ロマンをイメージしたデザインが特徴で、瀬戸大橋の開通に合わせて登場したものの、路線自体が1991年に全廃されたため、わずか3年足らずの営業運転で役目を終えました。短命ながらも印象に残る車両として、今も鉄道ファンの間で語られています。
下津井駅跡に残る客車のクハ24や貨車のホカフ9については、近隣の鷲羽山下電ホテル駐車場へ移設して保存・展示するプロジェクトも進められました。風の道サイクリングの最後にこうした保存車両を間近で見ると、下津井電鉄という路線がこの地に確かに存在し、地域の足として走っていた歴史を具体的に実感できます。道を走るだけでなく、終点で本物の車両に出会えるのは、鉄道遺構をたどるサイクリングならではの体験です。
児島競艇場は満潮と干潮で決着傾向が変わる水面が特徴
琴海駅跡から見下ろせる児島競艇場(ボートレース児島)は、1952年に当時の児島市に開設された競艇場です。入場料は100円、スタンドの客席数は7,618席、場内駐車場は約2,500台分を備えています。
最大の特徴は瀬戸内海の水面をそのまま活用している点です。満潮時には水面にうねりが生じやすく、干潮時には穏やかになるなど、潮位差が2メートル以上になることもある独特のレース環境を持っています。潮位が高い満潮時はインコース有利、潮位が低い干潮時はセンターやアウトのスピード戦にも出番があるとされ、全国的にもイン逃げが決まりやすい本命サイド決着の傾向が強い競艇場として知られています。風の道を走りながら聞こえてくるレースのアナウンスやエンジン音も、このコースならではの臨場感を演出しています。
風の道サイクリングの注意点はトイレが鷲羽山駅跡の1カ所のみという点
風の道を快適に走るうえで押さえておきたい点を整理します。
季節を意識した訪問はおすすめです。春は菜の花や桜、秋はコスモスと、沿道の花々が見頃を迎える時期は特に景観が美しく、写真撮影にも向いています。夏場は日差しを遮るものが少ない区間もあるので、水分補給と帽子や日焼け対策は忘れないようにしたいところです。
児島側から下津井側へ向かうルートでは、後半にかけて標高が上がっていくため、体力に不安がある場合は電動アシスト付きのデニムレンタサイクルを利用すると安心です。逆に下津井側から児島側へ向かえば、序盤に上り、後半は下り基調になるので、走る順番によって体感の難しさは変わってきます。
すでに触れた通り、風の道全体でトイレが設置されているのは鷲羽山駅跡のみです。出発前に済ませておくか、鷲羽山駅跡到着時に休憩を兼ねて利用するといった計画性が求められます。ホーム跡や架線柱、駅名標といった下津井電鉄時代の名残は、意識していないと通り過ぎてしまいがちです。事前に下津井電鉄の歴史を知っておくと、単なる自転車道としてだけでなく、廃線跡を巡る鉄道遺産探訪としての楽しみ方も広がります。
風の道へのアクセスはJR児島駅から徒歩8分
風の道の起点は、JR瀬戸大橋線の児島駅から徒歩約8分の場所にあります。児島駅は岡山駅や高松駅方面からJR瀬戸大橋線・快速マリンライナーなどでアクセスでき、公共交通機関を使った日帰り旅行の起点として利用しやすい立地です。
自動車で訪れる場合も、児島駅周辺や沿道に駐車場が点在しているため、車を駐めてレンタサイクルで走る、あるいは自分の自転車を積んで訪れるといった楽しみ方も可能です。瀬戸中央自動車道の児島インターチェンジからのアクセスも良好で、瀬戸大橋観光と組み合わせたドライブ旅行の途中に立ち寄る人も少なくありません。
児島の風の道は、下津井電鉄という一つの鉄道が地域に残した足跡そのものです。廃線から30年以上が過ぎた今も、花々に彩られた道と保存車両、そして瀬戸大橋を望む展望が、当時の記憶を静かに伝え続けています。児島ジーンズストリートでのショッピング、鷲羽山展望台からの眺望、下津井のタコ料理を組み合わせれば、半日から1日かけてじっくり楽しめる岡山旅行の定番コースになるはずです。








